第32話
さて、キュレネの相談を……と思ったら、ドアがノックされた。
「失礼します。キュレネ様……そろそろ時間が」
「あら、もうそんな時間なのね。ふむ」
キュレネは少し考え、ポンと手を叩く。
「そうだ。ねえコーチ、せっかくなので、これから私のステージを見てください」
「ステージ、って……おま、これからステージ!? いや、リハーサルとかあるんじゃないのか!? 俺とのんきにお茶してる場合じゃねぇだろ!?」
「ふふ。ステージと言っても、私の招待したお客様の前で踊る、プライベートステージですので。お話はそのあとに」
「ま、まあ……そういうことなら」
「決まりですね。では、席へ案内させるので、楽しんでいってくださいね」
キュレネは立ち上がり、優雅に一礼して出て行った。
すると、入れ替わりで眼鏡をかけた女性が入って来る。
「初めまして。キュレネ様の専属秘書、マーガレットと申します。アルノー様、お席へご案内します」
「ああ、よろしくお願いします」
マーガレットは無言で歩き出し、俺もその背中を追う。
こうして見ると、隙がないな……歩き方も音を出さないようにしているし、スカートの揺れもやや不自然。なるほどね……スカートの内側にナイフか何か仕込んでるな? 秘書って言ったが、護衛も兼ねているだろう。
それに、ほんの少しだけ俺に向ける警戒心……その裏にある僅かな敵意と殺意。
ああ、これは歓迎されていないな。
「アルノー様。キュレネ様は元教え子とのことでしたが……」
「ああ。そうだけど」
「キュレネ様はS級。アルノー様はD級……未だに、キュレネ様とつながりがあるということは、師と弟子という以外、何かあるのですか?」
ストレートに聞いてくるなあ。
まあ、俺としては隠す理由はない。
「別に、何もないよ。指導したと言っても、数多くいる教え子の一人だからな。俺のことを忘れているやつもいるし、キュレネみたいにずっと感謝してくれる子もいる。それだけさ」
「……そうですか」
お、ちょっと警戒心が薄れた気がする。
ついでに聞いてみた。
「あの、マーガレットさん」
「マーガレットで構いません。何か?」
「キュレネが俺に相談あるってことなんだが、何か心当たりあるか?」
「ええ。ございます」
あるんかい。
マーガレットは歩きながら言う。
「実は、劇場の運営について、キュレネ様は悩んでおられまして」
「運営? いや……なんでだ? 金がないのか?」
「……正直に言うと、その通りです」
「……いや、マジで何で?」
このデカい美術館みたいな劇場、さらに踊り子の養成所もある。
めちゃくちゃ金がないと運営とかできないだろ。ていうか、キュレネは劇場の経営者でもあるが、冒険者でもある。
エルレインとか庶民的だからあんまり見えないけど、高レートの魔獣を何体も狩っては素材を売ってるから、総資産でいえば一生遊んで暮らせるくらい稼いでる。まあ、あいつは金に無頓着だから自分の資産とか知らない可能性もあるけど。
すると、劇場前の豪華なドアの前に到着した。
「話は後程、キュレネ様がしますので。今は、ステージをお楽しみください」
ドアが開くと、そこは個室だった。
赤い絨毯の真ん中に椅子があり、手すりの向こうには豪華なステージが見える。
ここ、VIP席だ。一人用の、四畳半くらいの個室。
階下を見ると、本当に劇場に来たって感じがする。プライベートステージだって言うのに客席は満杯だ。
まだ始まっていないのに、会場内はシーンとしている……俺も座って待つ。
すると、照明がゆっくりと落ち、生演奏が聞こえて来た。
「……うおお」
ゆっくりと天幕が上がり、魔道具の光がステージに降り注ぐ。
ステージの中央に立つのは炎の妖精……違う、キュレネだ。
真紅のドレスを身に纏い、ゆっくりとした熾火のような炎が揺らめいているように見える……そして、音楽のテンポに合わせ、キュレネの動きも激しくなる。
まるで、炎。熾火から業火へと変わり、透明な深紅のヴェールが本当の炎のように見える。
「……ありゃスキルだな。しかも、恐ろしい練度だ……」
キュレネのジョブは『舞踊聖』……踊り子系ジョブの最上級。
初期スキルの一つ、『ウイング・ステップ』を極限にまで極めている。さらに、『ストップ・アンド・ゴー』による緩急を加え、『オクトボディ』による柔軟性。
スキルは、一度に一つしか発動することができない。だが……キュレネは、スキルの切り替えが誰よりも上手だった。
それが、『固有スキル』にまで昇華した。
「固有スキル、『万法帰一』……いやはや、最後に見た時より洗練されてるな」
無数のスキルを連続発動させる工程を、一つのスキルとして発動できる固有スキル。昔は最大で四つまでだったが……今、こうして見るだけでも七つ以上のスキルをノータイムで、同時に発動させている。
「……本当に、すごいよ」
俺は、昔のことを思いだしていた。
◇◇◇◇◇
キュレネ。
今はもう二十代前半だけど……初めて会った時は十五歳だった。
舞踊聖という恵まれたジョブを持っていた。両親に期待され、ジョブを鍛えるために十二歳から過酷な訓練を強いられ、十四歳の時に足が壊れた。
不幸なことに、この世界では根性論が優先される場合もある。おかげで、キュレネは両親から虐待に近い訓練を、壊れた脚でずっと受けさせられ……手遅れになった。
初めて見たキュレネの足は、腐りかけていた。
怪我をしており、そこに雑菌が入って膿み、ろくな治療をせずに過酷な訓練を強いられていたのだ。
舞踊聖のお披露目、というステージが近くあり、両親も気合いが入っていたのだろう。痛みに堪えるキュレネを見て「怠けるな」や「やる気がない」などの言葉を浴びせ、ロクに治療もせずに、寝る時間すら削らせ訓練をさせた。
お披露目当日。
キュレネは、踊れなかった。
ずっとタイツを履いていたせいで見えなかったが……キュレネの足はどす黒くなり、皮膚が腐りかけ、命すら危なかった。
偶然、たまたま、俺は王都にた。依頼の帰りにいっぱい飲んで帰ろうとしたら、綺麗な踊り子の少女が、真っ青な顔で足を押さえていたのを見た。
劇場の裏を俺が通らなかったら、危険だったかもしれない。
すぐにわかった。肉が腐るような匂いがプンプンした。
そして、声をかけようとして、キュレネは両親に連れて行かれた。
気になった俺は楽屋に忍び込んだ。
そして、死にかけているキュレネを治療しようとした。回復系のスキルは極めていたし、無理すれば手足だって生やせるくらいの自信はある。
でも、そこで治療したら、キュレネは救われないと思った。だから、ギリギリ命を失わない程度の治療をした。
そして、治療士に変装し、楽屋に戻って来たキュレネの両親と話をした。
「なんだ貴様は!!」
「医者です。劇場の支配人に彼女の治療を頼まれまして」
「治療? ふん、多少の怪我で踊れないような子に育てた覚えはない。まったく、我々の面子を潰して……」
「起きなさい。ほら!! あなたも謝りに行くのよ!!」
母親に手を掴まれそうになったので、俺は止めた。
やや殺気を込めて睨むと、両親は黙りこむ。
「落ち着いて、聞いてください。お嬢さんの足は、もう終わりです」
俺は、タイツを脱がし、真っ黒に変色した足を見せた。
両親は顔をしかめる。
「足が腐っています。切断しなければ助からないでしょう」
「なっ……き、貴様のようなヤブ治療士にそんな判断が」
「私は、王国認定を受けた特級治療士です。国王陛下の治療を担当したことがあります」
まあ、王国認定とか特級治療士とか、超デマカセだけどな。そんな制度あるかどうかも知らんし、特級とか認定とか言葉使えば誤魔化せると思ったのだ。
ダメ押しに、発明で使おうかなと思っていた金色のメダルを見せる。
「陛下から頂いた特級医師の証です。私の見立てでは、もう切断しかありません」
「「…………」」
まあ、ここまで脅せばもう無理なことはさせないかなと思った。
自分たちの娘だし、泣いて謝るなら綺麗に治そう、そう思った。
「フン。踊れなくなったのなら……もう必要ない」
「そうね。切断でも何でもしてちょうだい。さ、あなた」
「ああ。おいお前、そいつの足を切断したら、養護施設にでも放り込め。もう、必要ない」
「……は?」
耳を疑った。
必要ない? 実の子供……なんだよな?
「どういうことだ? この子……あんたらの娘じゃ」
「娘だ。だが、踊れないのなら必要ない。ふふふ、我々の指導を受けたいという子供はごまんといる。資金提供してくれる貴族も見つかったしな」
「ふふふ、舞踊聖のジョブは惜しいけど、指導者としてこれからは私たちが有名になれるわ。あなた、王都で一番の踊り子養成所にしましょうね」
「うむ。では任せたぞ」
両親は出て行った。
俺は、あまりのことに声が出せなかった。
そして、キュレネを見る。
「…………」
キュレネは、無言で泣いていた。
俺は我慢できず、キュレネの足を全力で治療。
そして、そのままキュレネに「ここで待っててな」と言い外に出た。
「おい」
「ん? なんだ、ああ金か。ほれ、いくら……」
俺は無言で父に近づき、助走をつけ、身体に捻りを加え、渾身のアッパーを父の顎に叩きつけた。
顎が砕け、歯が砕け散る感触。父親は吹っ飛んで気絶。
母親が叫ぼうとしたので、喉を掴んで壁に叩きつけた。
「二度と、あの子に関わるな……いいな」
「ひ、ひ」
「もし、近付いたら……」
俺は、母親のしていたネックレスを引きちぎり、手のひらに載せて目の前でドロドロに焼いて溶かした。
「こうなる。わかったな」
「…………」
母親はズルズルと崩れ落ちた。
ちょっと殺気を当てすぎたせいか、真っ青になっている。
だが……後悔はない。
俺は楽屋に戻り、椅子に座って窓際を眺めるキュレネに言った。
「あー……その、もう、辛い踊りはしなくていい。えと……自由に」
「…………」
「あ、そ、そうだ。さっきの医者には、治療費払っておいたから」
今のうちに、医者と俺が別人ってことを言っておいたんだが……うまく言えない。
すると、キュレネは立ち上がり、その場で軽くステップを踏んだ。
「ありがとうございます。でも……私、これしかできないから」
「……そうか。じゃあ、これからどうしたい?」
「……踊りたいけど、どうすればいいか。あの……ところであなたは?」
「え? ああいや、その、冒険者だよ」
「冒険者……?」
「ああ。興味あるか?」
「……わかりません。でも……面白そう」
こうして、俺はキュレネと一緒にポータムへ。
冒険者登録をして、エルレインや同期たちと一緒に過ごし、冒険者としての才能を開花させ……俺から巣立ち、S級冒険者となった。
そして今、キュレネは俺の前で、自分の意志で踊っている。
「……綺麗になったよ、本当に」
キュレネは舞い……俺に向かって微笑んだ。
たぶん、見間違いではない。そう思うのだった。




