第31話
翌日。レグナフィリアから紹介状を受け取り、のんびりと向かっていた。
「久しぶりに来たな、第八十七区画……通称『マルシェの華区画』」
王都マルシェで最も華やかな第八十七区画。
有名ブランドのお店が数多く並び、道行く人たちは貴族ばかり。道行く馬車の装飾もきらびやかで、立ち並ぶ建物はみんな綺麗だ。
語彙力のない俺に表現は難しい……でも、わかることもある。
「見て、あの人……」
「イヤね、みすぼらしいわ」
「全く、どこの野良犬だ」
まあ、そうだよな。こんなおっさん冒険者が一人で歩いていいところじゃない。
別に気にはしていない。おっさんだし、場違いなのもわかってるし。
レグナフィリアの紹介状があるとはいえ……やっぱ事前アポ必要かな。
「キュレネ。元気かねぇ」
S級冒険者『舞姫』キュレネ。俺の教え子の一人。
今は、冒険者とは別に、王都マルシェで最も大きな劇場『プリマステラ』を運営している。
「お、到着した……うーん、相変わらずデカいな」
国会議事堂みたいな冒険者ギルドとは違い、こっちは国立劇場みたいな建物だ。だが……建物の色は赤系で統一されており、なんだか雰囲気がある。
ここでは、王都で最も華やかなダンサーたちが舞い踊り、女優や俳優たちが演技をする。
劇場だけじゃなく、養成所でもある。日夜、劇場に立つのを夢見て若者たちが鍛錬を積む場所でもある。
あーしまった。また脳内で長々と……まあいいか。
俺はとにかくデカい正門に向かい、チケットカウンターみたいな受付へ。
「あー、すまん。プリマステラのキュレネはいるか?」
「……ご用件をどうぞ」
受付嬢はめちゃくちゃ警戒していた……なんか俺、怪しまれること多くないか?
俺はレグナフィリアの紹介状を出す。
「あ~、これ紹介状な。キュレネに『アルノーが来た』って伝えてくれ。あと、『忙しいなら無理しなくていい。元気で頑張れ』って伝えてくれ。忙しいならいい、マジで」
レグナフィリアの紹介状を見て受付嬢は目を見開き、俺と紹介状を何度も確認……あーもう、そんな信じられないような顔しなくてもわかるってのに。
そして、受付嬢は「しょ、少々お待ちください」と言って離席。
数分、欠伸をしながら受付脇にあったベンチに座っていると……ドヨドヨと、周囲が騒がしくなった。
そして、チケットカウンターの隣にあるゲートの先から、赤いドレスを着た女性がこちらに向かって走って来た。
「コーチ!!」
真紅のロングウェーブヘア、赤いドレスをなびかせ、ルビー色の瞳を輝かせた女性だった。
俺は立ち上がり、軽く手を振る。
「よう、キュレ……」
「コーチ!!」
「おっぶ!?」
赤い女性……キュレネはゲートを飛び越え、俺に飛びついてきた。
デカい胸が顔面を思いっきり押しつぶす……な、なんて柔らかさ。ていうか薔薇みたいな香りがする。
「コーチ、コーチ!! お久しぶりです、王都に来てくれたんですね!?」
「お、おいわかった。目立つ、目立つ、目立つ」
キュレネを引き剥がし、俺はせき込む。
当然だが、めちゃくちゃ目立っていた。ただでさえキュレネはマルセム王国で最高のダンサーであり、さらにS級冒険者で、レグナフィリア曰く王都で五指に入る実力者なのだ。
そんなキュレネが、得体の知れないおっさん冒険者に飛びつき、顔面を胸で押しつぶすなんてとんでもないスキャンダル……ていうか俺が目立ってしまう。
キュレネは「あら、失礼」と微笑む。
「場所、場所変えるぞ、いい場所あるか?」
「ええ。こちらへ」
キュレネは、チケットカウンター脇にあるドアを指差すと歩き出す。
周囲はポカンとしていたが、徐々にヒソヒソ声がデカくなる……まずい、このままだと騒がしくなってしまう。
するとキュレネ、その場で軽く舞い、スカートを持ち上げて一礼する。
「お騒がせしました」
そして、受付脇のドアへ向かって、俺の腕を掴んで歩き出した。
いやはや……なんというか、こいつはやっぱ『華』があるよ。
◇◇◇◇◇
キュレネに案内されたのは、劇場の応接室だった。
モチーフは『薔薇』です。と言わんばかりの部屋だ。薔薇柄のカーペット、シャンデリアの装飾も薔薇みたいだし、部屋に飾ってある花は薔薇……ちなみにこの世界でも『バラの花』っていう名前だ。
ソファもクッソ柔らかくフカフカ……出されたバラのエキス入り紅茶もうまいし、カップの装飾も薔薇。ていうか、このカップだけで俺の年収吹き飛びそうな高級品かも。
と、分析はしなくていい。俺は挨拶する。
「久しぶりだな。元気にしていたか?」
キュレネはずっとニコニコしている。そして、子供みたいにウンウン頷いた。
「はい!! コーチに会えてすっごく嬉しいです」
「そっか。よかったよ」
「はい。あの、コーチは王都に何をしに? まさか、私に会いに?」
「あー、依頼でな。レグナフィリアに届け物だ。そのあとは湖の町スーリヤに行くから、出発前に挨拶しようと思ってな」
「挨拶……つまり、あいつらにもですか?」
キュレネの笑みが怖くなった……キュレネ、カップを手にし紅茶を飲む。
あいつら、つまり……ああ、あいつらのこと言ってんだろうなあ。
「あ、ああ。ファルカと、ティンフェニアと、スティンギールにも挨拶していくよ」
「つまり、私が最初?」
「まあ、そうなるな」
「そうですか。ふふ、嬉しい」
「お、おう。あー……劇場の方はどうだ? 毎日忙しいだろ?」
俺は話を変える。
今更だが……俺はけっこう新人指導をやってるけど、同期の仲はみんないい。でも、キュレネの世代の五人だけは、微妙な仲だった。
キュレネは頷く。
「ええ。劇場は好調です。でも……冒険者はもう、半分以上引退していますね。その……コーチにいろいろ教わったこと、全然活かすことができなくて」
「そんなの気にするな。お前が元気で頑張ってるなら、それが一番だ」
「コーチ……ありがとうございます。でも、半分引退といっても、私を目標にして冒険者を目指す子もいるので、引退はするつもりないですけどね。それに……月に一度は、腕が鈍らないように討伐レートS以上の魔獣と戦うこともありますよ? まあ、ファルカの大馬鹿が高レートの魔獣を常に狩るせいで、私が満足する依頼が少ないですけど」
「あはは。そういや、他の四人と連絡は取り合ってるのか?」
「いえ全く」
「そ、そうなのか? それこそ、ファルカは? あいつとお前、確か幼馴染だろ?」
「あの大馬鹿はトレーニングのことしか頭にないので」
「あ、ああ……まあ確かに。じゃあエルレインは?」
「……」
あ、やべ。そういやキュレネ……同期の中でも特にエルレインと仲が悪いんだった。
キュレネは怖い笑みを浮かべ、カップをソーサーに戻す。
「コーチ。エルレインはお元気ですか? 聞いた話によると……またコーチからお料理を教わったり、ポータムの収穫祭で一緒に仕事をしたとか」
「ま、まあな。あいつも元気だよ」
「そうですか。ところで……コーチは今日、ご予定は?」
「えーと」
「コーチ……その、お時間があれば、私の悩みを相談してもいいですか? 昔みたいに、困ったことがあればコーチに相談したいんです」
「あ、ああ……まあ、いいけど。じゃあ、どっか居酒屋でも」
「では、私の行くお店でお話しましょう。ふふ、楽しみです」
なんか拒否権ないなこれ。
こうして俺は、久しぶりにキュレネの相談を受けることになるのだった。




