第17話
「あいててて……」
早朝。俺は自宅のベッドで目を覚ました。
昨日、エルレインのアホが酔っ払ったせいで散々な目にあった。酒場を貸し切っての飲み会になるわ、近くの店からも人が押し寄せるわ、マジで店の酒を空っぽにするわ……それでいてもエルレイン、ちゃんとしっかり支払いはした。S級冒険者の資産なら全く問題ないレベル。壊した椅子とかテーブルとか割れたジョッキとかの代金もきっちり支払っていた。
「さーて……」
俺は一階へ。
ソファでうつ伏せになっているエルレインを見る。
「くかああああ……」
いやー、ひどいね。
髪は乱れ、服はそのまんま、胸元だけ緩めておいたけど。
酒を浴びるように……というか、実際に酒を浴びていたせいか、全身から酒の匂いがする。
昨日、こいつは酔っ払って家に帰れなかったので、仕方なく俺の家のソファに運んだ。
家まで引きずるようにして運び、ソファに放り込んだが……放り込んだ状態のまま寝ている。
「しゃあねえなあ……」
俺はエルレインの頬をペシペシ叩く。
「おい、おい起きろ。エルレイン、おい」
「んがが……ぐぁぁ、あたまいたぁぁ」
眼をしょぼしょぼさせ、身体を起こす。
そして、俺を見て首をゆらゆら降り、大あくびをして背伸びする。
「……どこ、ここ」
「俺の家。昨夜のこと、どれくらい覚えてる?」
「昨夜?」
エルレインはジト目で俺を見て、また欠伸をして、ぼーっとする……まだ完全に起きてないな。
水を差しだすと一気飲み。そして、また俺を見て……目を見開いた。
「ひゃああああああああああああああ!!」
「思い出したか?」
「ああああああ!! ああ、アタシ、なんて醜態を……!!」
エルレイン、べろんべろんに酔っても記憶は残るタイプ。思い出すまで時間はかかるけど。
頭を押さえ、エルレインはソファに顔をうずめる。
俺はおかわりの水を注いで言う。
「朝飯、食うか?」
「……いる」
「わかった。じゃあ、昨日の反省してろ」
俺はキッチンへ。
スープとサラダを作り、パンを焼き、ベーコンエッグを作ってパンに載せた。
朝飯はこれで十分。エルレインと二人分をテーブルに並べ、食事を開始。
「……おいし」
「だろ? さて、メシ食ったら帰れよ。あと……昨日言ったことどこまで本気だ?」
「え? ああ……収穫祭の手伝いね。する、するわ。去年のキュレネを超える出し物やるわよ。アルノー、なんかアイデアある?」
「なくはないけど……」
祭りと言えば、みたいなのはある。
予算とかも、ギルドに申請すれば出してもらえる。まあ法外な大金はムリだけど。
俺は食後のお茶を出し、エルレインに提案する。
「そうだな……祭りといえば、ヨーヨー釣り、串焼き、イカ焼き、焼きそば、チョコバナナ、射的、輪投げ……あ、お宝くじとかお面とかもいいなあ」
「……串焼きとかわかるけど、他のなに? ちょこ? しゃてきって?」
まあわかんないよな。
俺もこの世界に転生して三十年以上経過するけど、未だに日本でのことは覚えている。縁日での記憶とか、地元の祭りとか……まあ、いずれ風化しちまうんだろうなあ。
日本人であることを忘れたりはしないし、するつもりもない。日本人だった俺の名前、記憶は死ぬまで覚えていたい……なんて。
「よくわかんないけど、アイデアはあるのね。ふふん、派手にやるなら手ぇ貸すわ。ギルドの準備金だけじゃ足りないならアタシが出す」
「いや、そこまでは」
「だめ。キュレネを超えるイベントやるなら、アタシが手ぇ貸した貸したって事実も必要だしね。ふふふん……キュレネのやつに一泡吹かせてやる」
「……お前とキュレネ、相変わらず仲悪いのな」
ちなみに、エルレインとキュレネ……冒険者の同期であり、S級認定されたのも同じ日。しかも俺の教え子でもあるし、犬猿の仲……とまではいかないけど、そんなに仲良くないんだよなあ。ライバル関係、でいいのかねぇ。
お茶を飲み終えたエルレインは「じゃ、帰る」と言って出ていった。
俺も冒険者ギルドに行く。収穫祭の責任者になっちまった以上、ちゃんとギルドマスターに挨拶しなきゃな。
◇◇◇◇◇
冒険者ギルドに到着。
いつもは依頼掲示板に向かうが、今日はギルマスの部屋へ行く。
ちなみに冒険者ギルド。一階は依頼掲示板、受付カウンターがあり、二階は冒険者用のラウンジと酒場、三階は会議室や個別依頼をするための個室、四階はギルマスの部屋がある。
エレベーターなどないので階段で四階へ。
観音開きの平凡なドアをノックすると、「入れ」と聞こえて来た。ドアを開けると、窓際に金髪の女が立っていた。
「来たか、アルノー」
「おう。ったく、グレース……お前の差し金だろ。今回の収穫祭に俺を噛ませる件」
「当然だ。私意外に誰がいる?」
グレース。年齢三十五歳、女性で結婚歴あり。
長い金髪に豊満なスタイルを持ち、元S級冒険者、ジョブは「拳闘士」……だが、とある魔獣との戦いで右腕を失い、さらに半身が焼かれたことでひどく爛れている。その時の戦いで旦那を失い、ショックで流産……なんともハードな経歴の持ち主だ。
ちなみに、俺の冒険者同期でもある。
俺は万年D級でうだつが上がらない冒険者だが、グレースは若くして頭角を現した期待の冒険者だった。王都で大活躍していたんだけど、二十八歳のときに大怪我して冒険者を引退し、この町に戻って来た。んでギルドマスターになった。
グレースは、高給取りのくせに安っぽい煙草を吸いながら言う。
「アルノー、収穫祭だが……何をする?」
「露店、あとイベントかな」
グレースは眉をピクリと動かし、口元をニヤリと歪める。
「お前の考えるイベントだ。さぞかし奇天烈なイベントになるのだろうな」
「何が奇天烈だ。奇想天外と言え」
俺はソファにどっかり腰掛けると、グレースも対面に座る。
足を組み、紙巻き煙草をふかし、左手で煙草をつまんで煙をフーっと吐く……なんともまあ男らしい。
「収穫祭の予算に関してはお前の裁量に任せる。それと、手伝いが必要なら人員も回そう」
「あー、わかった。あんま期待すんなよ?」
「……相変わらず、自己評価が低い。いや……誰に対しても評価を低く見せるのが得意なようだな、アルノー」
「あ?」
「そろそろ昇格はしないのか?」
「……まーたその話か。くどいっつの。いくらお前がギルマスでも、俺が申請しない以上、冒険者等級は上がらないぞ」
ギルマスの権限でF級からA級へ! なーんて、漫画みたいな展開はない。冒険者は実績を積み重ね、申請をして、試験を受けて、ようやく昇格できるのだ。
まあ、俺みたいに実績が十分すぎるくらいあるのに昇格申請しないやつはいないんだろうな……うん、いないな。
グレースは、二本目の煙草を咥え、左手で指パッチンする。すると人差し指に火が灯り、煙草に火が着く。
「ふぅ~……全く、同期のよしみとして言っているんだがな。実力者は正当な評価を受けるべきだぞ」
「今の地位に甘んじて、日銭を稼ぐのが好きな冒険者もいるってこと、実力者なら理解してくれてもいいと思うぜ」
ちなみに、グレースの『着火手袋』は俺の発明品でもある。『ファイアラット』という燃える表皮を持つネズミの皮と、『火花石』というこすり合わせると火花が飛び散る鉱石を利用して作った。シモンの店に持ち込んだ商品だけど、全く売れなかった……でも、グレースが毎月十枚ほど買うらしい。隻腕だし煙草に火を付けるのに重宝するとか。
「……」
「な、なんだよグレース……ジッと見て。俺に惚れたか?」
「馬鹿を言うな。それに、こんな爛れて腕のない女を好む男などいるものか」
「そうか? 俺はいいと思うけどな」
「はっ、感謝する……といえばいいのか?」
俺とグレースの関係はこんなもんだ。
同期で、同じギルド出身。若いころは何度も会話したし、グレースが王都に行くことが決まったときも祝った。
友達……で、いいのかな。今じゃ冴えない冒険者おっさんと、凄みのある女ギルドマスターって感じだけど。
あと、グレース……どうも俺のジョブが『剣士』じゃないって思ってるんだよな。俺の『自由人』を知るのはいないけど……知られたくねぇなあ。
「まあいい。とにかく、収穫祭の冒険者ギルド担当はお前に任せる。何か質問はあるか?」
「ああ、じゃあ……」
俺はいくつか質問した。
それで、俺の考えているイベントはちゃんと開催できそうだ。いくつか問題もあるけど……まあ、なんとかなるだろう。
「うし、じゃあさっそく準備に取り掛かるか」
「ああ、任せたぞ」
俺は手を振り、ギルマス部屋を出た。
一階に戻る前、二階のラウンジでお茶でも飲もうと考えた。
ちなみに、責任者である俺は、収穫祭までラウンジでの飲食がタダになる。準備中は依頼を受けられないし、その間の生活費などは支給され、ギルド内での飲食はタダ……うん、これはこれで悪くない。
少し早いが、昼飯も……と思い、カウンターを見た時だった。
「あーっ!!」
びっくりした。
よく通る声が、二階のラウンジに響き渡る。
そして、その声の主がダッシュで俺の元に来た。
「師匠ッ!! お久しぶりです!! えへへ、収穫祭があるので戻ってきました!! しばらくはこっちにいますので、またご指導おぶっ」
「声がデカい。ったく……」
俺は声の主……アルテミウスの口を抑えた。
そして、アルテミウスの後ろから三人の少年少女が集まる。
「師匠、お久しぶりっす!!」
「こんにちは、師匠」
「……ん」
エリオ、ユウナ、シャナ。
俺が指導した新人たち。王都で活動を開始したばかりの新人たちが、俺の前に現れた。




