08.
キッチンで包丁が小気味よい音を立てる。
トントントンと手際よく野菜を刻み、豚肉と一緒に炒め、お湯を注いでルーを割り入れる。
グツグツと煮立つ鍋から、スパイシーで食欲をそそる香りが部屋いっぱいに広がった。
見切り発車で作り始めたものの、持ち前の完璧な家事スキルによって、カレーはあっという間に完成する。
「よし、持っていこ。えーっと……おもっっ」
コンロの上の鍋を持ち上げようとして、聖華は思わず情けない声を漏らした。
好きな人に食べてもらうのだと張り切りすぎたせいで、巨大な寸胴鍋になみなみとカレーを作ってしまったのだ。
これでは重すぎて、隣の部屋まで持っていくのは一苦労である。
どうしよう、と途方に暮れかけたその時だった。
ぴしゃーん、と。聖華の五十三万IQの頭脳が、再びスパークした。
(こここ、コレを利用するのだっ)
聖華は悪女のような笑みを浮かべ、すぐさまスマートフォンを取り出して『NYAIN』を開く。
宛先はもちろん、阿智奉太郎だ。
『カレー作っちゃったんだけど。寸胴鍋にいっぱい作っちゃって、重くて持っていけないの』
『だからその……あの、うちにおいでよっ』
『いや、やましい気持ちはないよ? ただ持っていくのはちょっと、あの、その、こぼれたら面倒だし、洗い物も増えるし、お鍋熱いしっ』
(本当はやましい気持ちしかないけどねっ)
内心で激しくツッコミを入れながら、息もつかせぬ高速の言い訳メッセージを送信する。
すると、数秒後に既読がつき、短い返信が届いた。
『わかった』
「っしゃあっ」
聖華はスマホを握りしめ、キッチンで高々とガッツポーズを決めた。
見えない尻尾が、ちぎれんばかりにパタパタと左右に振られている。
見事に彼を自分のテリトリーに呼び込むことに成功した。
さすが五十三万IQである。
(って、ああっ。あたし、今全然普通に制服姿じゃんっ)
鏡に映る自分を見て、聖華はハッと息を呑んだ。
せっかく好きな人が自分の部屋に来るのだ。もっと気合いを入れた、可愛いルームウェアに着替えたい。
ピンポーン。
「きちゃったっ。ちょ、ちょっと待ってっ」
玄関のチャイムが鳴り響き、聖華は慌てて叫んだ。
隣の部屋なのだから、すぐ来るのは当たり前だ。
聖華はクローゼットへ猛ダッシュし、服を引っ張り出す。
数分後。
ゆるふわのニットとショートパンツという、あざとさ全開のルームウェアに着替えた聖華は、息を整えて玄関のドアを開けた。
「どぞー」
「お邪魔します」
奉太郎は淡々と挨拶をし、靴を脱いで上がり込む。
ほのかに甘いココナッツの香水が漂う聖華の部屋を見渡し、彼は小さく瞬きをした。
「だいぶ待たせちゃったよね……ごめんね」
「気にしなくていいだろ。ご相伴にあがる方だし」
上目遣いで謝る聖華に対し、奉太郎はあっさりと首を振る。
その塩対応気味ながらも気遣いに満ちた言葉に、聖華の心臓はドクンと激しく跳ねた。
(はうぅ……好き好き好き、す〜きすきすきっ)
嬉しさのあまり、その場に膝から崩れ落ちそうになるのを必死に堪える。
「どうぞ。適当に座っててね」
「うん。……部屋、すごく綺麗だな。俺が来るから掃除してたの?」
リビングのローテーブルについた奉太郎が、ふと尋ねてきた。
綺麗に整頓された部屋と、先ほどまでドアの前で待たされていた事実を結びつけたのだろう。
「え、違うけど」
「じゃあ、何してたの?」
「アアあーっ」
的確すぎる質問に、聖華は慌てて両手をパタパタと振って誤魔化した。
あなたのために気合いを入れてお洒落をしていました、などと口が裂けても言えるわけがない。
顔を真っ赤にしてパニックに陥る聖華を見て、奉太郎は達観したように小さく息を吐いた。
「……聞かないでほしいなら、聞かないよ」
深く追及せず、あっさりと引き下がってくれる。
そんな彼の絶妙な距離感と大人びた優しさに、聖華は再び限界を迎えた。
(すきすきすきーっ)
胸の奥で爆発する恋心を隠しきれないまま、聖華は熱々のカレーをよそうため、フラフラとした足取りでキッチンへと向かうのだった。
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