06.
放課後の喧騒が、少しずつ遠ざかっていく時間帯。
夕日が差し込む校舎の裏手で、阿智奉太郎は足を止めた。
彼の視線の先には、壁に背中を預けて腕を組む幼馴染、塩尻みさおの姿があった。
「で、なんの用だ」
奉太郎が淡々と問いかけると、みさおはまっすぐに彼を見据えた。
「単刀直入に聞くけど。昼神さんと付き合ってんの?」
「付き合ってないよ」
一切の淀みなく即答する奉太郎に対し、みさおは小さく息を吐き出した。
「やっぱね。あんたの性格からして、そんなこったろうとは思ったけど」
「なんでそんなこと聞いたんだ」
「今朝の昼神さんの態度がおかしかったからさ。あんたらに何かあったのかなって」
奉太郎は少しだけ目を丸くした。
他人に無関心なこの幼馴染が、学校の人間関係の機微を察知していることが意外だったのだ。
「驚いた。みさおでも、そういう空気とかわかるんだな」
「バカにするな」
みさおはジト目で奉太郎を睨みつける。
そして、わざとらしく呆れたように肩を竦めた。
「ここはさー、『俺のこと気になってんの? 付き合ってるってことは、つまり自分のこと好きなん!?』みたいに、少しは勘違いしろよー」
「お前、彼氏いるだろ」
「まぁね」
冗談めかして笑うみさおだったが、すぐにその表情から笑みが消えた。
真剣な、どこか心配そうな瞳が奉太郎に向けられる。
「あんたのことだからさ。どうせ、雨に濡れた昼神さんを放っておけなくて助けて、そこからズルズル関係が続いてんでしょ」
「エスパーか、お前は」
「奉太郎限定でね」
みさおは壁から背中を離し、奉太郎に一歩近づいた。
「幼馴染として忠告しておくし、あんたに限ってないとは思うけど。ワンチャンあるかもー的な下心でやってるなら、マジでやめとけ」
「昼神さんが、ヤバい女だと思ってるのか」
「うん」
みさおははっきりと頷いた。
その言葉に悪意はなく、ただ純粋な懸念だけが込められている。
「だっておかしいでしょ。同級生で、彼氏彼女の関係でもないのに、気安く家に押しかけてきたり、家に行ったりさ。それを許容してる昼神さんもおかしいし、あんたもおかしいよ、奉太郎」
「そうだな」
奉太郎はあっさりと肯定した。
自分でも、今の関係が一般的なクラスメイトの距離感から大きく逸脱していることは理解している。
「おかしいと思いつつも、でも関係を続ける理由は?」
「恩を返してるだけだ。相互扶助だよ」
「出た、あんたの理屈っぽいとこ。都合のいい女がほしいなら、アレはやめときな。男からも、女からも、すごく恨まれるから」
みさおの言葉には、確かな重みがあった。
誰でもヤらせてくれるという噂が独り歩きしている聖華と関われば、周囲からどう見られるか。
それは火を見るより明らかだった。
「忠告、ありがとう」
奉太郎は静かにみさおの言葉を受け止める。
しかし、その直後に彼の放った声は、いつになく冷たく、そして鋭利な響きを持っていた。
「でも、『アレ』はやめろ。昼神さんは物じゃない」
その静かな怒りを帯びた声に、みさおはビクッと肩を揺らした。
奉太郎の凪いだ瞳の奥に、はっきりとした不快感が灯っている。
彼が他人のことで、ここまで明確に感情を露わにするのは珍しいことだった。
「お前が悪意を持って言ってるんじゃないってのもわかってる。だが、はっきり言うが、お節介だ」
「……うん。お節介だったな、すまんね」
「いや、忠告は痛み入る」
奉太郎はそれだけ言い残し、踵を返して歩き出した。
みさおはその背中を見送りながら、小さく息を吐く。
親の都合で世間に達観していた幼馴染が、いつの間にか一人の少女のために怒れるようになっていた。
昼神聖華と出会って、変わったのかもしれない。
「なんか、ムカつくわー」
◇
「え、ええええええっ、阿智くん、塩尻さんと付き合ってるのぉ!?」
校舎の角。壁に身を隠しながら二人の様子を窺っていた昼神聖華は、内心で大パニックに陥っていた。
偶然を装い、一緒に帰ろうと、奉太郎を探していた彼女は、偶然二人の密会現場に遭遇してしまったのだ。
声が聞こえない距離だったため、真剣な顔で向き合う二人の姿が、聖華の目には愛の告白、あるいは修羅場にしか見えなかった。
「どーしよどーしよ! あんなに真剣な顔して見つめ合っちゃって!」
聖華は頭を抱え、その場にガックリと項垂れた。
見えない耳はペタンと伏せられ、パタパタと振っていたはずの尻尾も力なく床に垂れ下がっている。
(塩尻さんって、スポーツ万能でスタイルいいし、あたしみたいな派手なギャルとは全然違うし!)
勝手な想像で敗北感を味わい、聖華はぷくっと頬を膨らませた。
自分は毎日ご飯を作って胃袋を掴もうとしているのに、幼馴染という強大なアドバンテージを持つライバルが現れるなんて聞いていない。
「うー、気になるよーっ!」
恋する乙女は、一人で勝手に勘違いを加速させていく。
能天気にパニックを起こす純情ギャルの受難は、まだまだ続きそうだった。
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