20.
夕暮れ時の住宅街。茜色に染まった通学路を、二人は並んで歩いていた。
奉太郎が送ってくれているのだ。まあ、帰る家は隣同士なのだから、行き先が一緒なのは当然なのだが。
それでも、聖華にはわかっていた。
彼がわざわざ聖華の歩幅に合わせてゆっくりと歩いてくれているのは、さっきの男子生徒が報復にこないか、気にして守ってくれているからだということを。
(好き……)
並んで歩く奉太郎の横顔を盗み見る。
殴られた頬がうっすらと赤く腫れているのが痛々しいが、当の本人は気にする素振りすら見せない。
身を呈して自分を守り、平然と隣を歩いてくれるこの少年に、聖華の心は完全に支配されていた。
(好き、好き、好き……っ)
もう、頭の中がその二文字で溢れかえっている。
胸の奥から湧き上がる甘い熱が、全身の血液を沸騰させていくようだった。
見えない尻尾はちぎれんばかりに揺れ続け、耳はピンと立ったままだ。
「――だから、明日の小テストの範囲は」
「うん……そうだねぇ、好き」
「え?」
「あっ、いやっ! なんでもないっ! テストだよね、うん、頑張るにょ!」
奉太郎が何か話しかけてくれているのだが、聖華の意識は完全に上の空だった。
うわ言のように相槌を打っているつもりでも、油断するとすぐに本音が口からこぼれそうになってしまう。
何を話したのか、どんな道を歩いたのか、まったく記憶がないまま、気がつけば見慣れたマンションの廊下に到着していた。
並んだ二つの鉄のドアの前で、二人は足を止める。
「じゃあ。気をつけてな」
「う、うんっ。阿智くんも、頬のケガ、冷やしてね」
奉太郎は短く頷き、自分の部屋のドアノブに手をかけた。
そのまま中へ入り、ぱたん、と静かな音を立ててドアが閉まる。
共用廊下に、聖華だけがポツンと取り残された。
彼の気配が消え、完全に一人きりになったことを確認して、聖華はようやく大きく息を吐き出した。
「好き……」
ポツリと、誰に聞かせるでもなく呟く。
それを皮切りに、抑え込んでいた感情が堰を切ったように溢れ出した。
「好きっ。好き、好き、好き、すきぃっ……!」
その場にペタンとへたり込み、両手で真っ赤になった顔を覆う。
本人がいないのをいいことに、聖華は熱に浮かされたように愛の言葉を連呼した。
本当なら、今すぐ彼の胸に飛び込んで、この気持ちを全部伝えてしまいたい。
でも、本人を目の前にすると、どうしても言えないのだ。
もし告白して、彼に引かれてしまったら。
重すぎる愛情をキモいと思われ、避けられるようになってしまったら。
そんなヘタレな不安が、いつも聖華の喉の奥を締め付けてしまう。
(だから、今は誰もいないから……言わせてっ)
「阿智くん、好きぃ。大好きっ。ほんと、好きすぎてヤバいよぉ……っ」
誰もいない冷たい廊下で、大好きな彼の部屋のドアに向かって身悶えする。
顔から火が出るほど恥ずかしいが、こうでもしないと胸が爆発してしまいそうだった。
がちゃ。
不意に、目の前のドアが開いた。
「え?」
聖華の動きが、ピタリと静止した。
わずかに開いたドアの隙間から、見慣れた凪いだ瞳がこちらを覗き込んでいる。
「どうしたの? 一人でうずくまって」
部屋着に着替えようとしていたのか、ブレザーを脱ぎかけた奉太郎が、不思議そうに首を傾げていた。
何か忘れ物でもしたのか、それとも外から聞こえる怪しい呟き声に不審を抱いたのか。
どちらにせよ、最悪のタイミングである。
カァァァァァッ!
一瞬にして、聖華の顔面が致死量の熱を帯びた。
先ほどまでの独り言を、いったいどこから聞かれていたのだろうか。
五十三万IQの頭脳が完全にフリーズし、真っ白になる。
「あ、あああいや、なんでもないっ!」
聖華は弾かれたように立ち上がり、裏返った声で叫んだ。
そのまま脱兎のごとく自分の部屋のドアを開け、弾丸のようなスピードで飛び込む。
バタンッ! とけたたましい音を立ててドアを閉め、厳重に鍵をかけた。
(聞かれた!? ねえ、今の絶対に聞かれたよね!?)
玄関の土間にへたり込み、聖華は頭を抱えて静かに絶叫した。
一人で勝手に限界突破し、一人で勝手に自爆する。
純情ギャルの受難とあかっぱじの歴史は、今日も順調に更新されていくのだった。
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