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【連載版】 「誰でもヤらせてくれる」と噂の隣のギャル。実は超がつくほど家庭的で、毎日めちゃくちゃ甘やかしてくる  作者: 茨木野


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02.

 翌日の朝。阿智あち 奉太郎ほうたろうは、いつも通り無表情のまま自分の席についた。

 ふと隣に視線を向けると、そこにあるはずの派手な金髪の姿がなかった。

 昼神聖華が欠席している。その事実を脳内で確認した直後、明るい声が降ってきた。


「やっほー。どったの、奉太郎。朝から隣の席なんか見つめきっちゃってさ」


 元気な声の主は、幼馴染の女子生徒、【塩尻しおじり みさお】だった。

 ショートカットに活発な顔立ちの彼女は、スポーツ万能で耳年増、おまけに彼氏持ちという、奉太郎とは正反対の属性で構成された人間である。


「いや……あれ、昼神さんいないなと思って」

「あー、あの金髪ギャルね。今日は休みみたいだよ」


 みさおは奉太郎の前の席にどっかりと座り込み、頬杖をついた。

 親しげな態度に、奉太郎は淡々と問いを投げる。


「昼神さんって、みさおから見てどんな奴なんだ」

「んー? まあ、男子にはめちゃくちゃ人気あるよね。逆に女子からは総スカン食らってるけど」


 あっけらかんとした口調で、みさおは教室内にはびこる悪意ある噂を口にした。


「誰でもヤれるって噂だしね。頭悪い空っぽ女だってさ、女子の間じゃもっぱらの評判」

「ふぅん。みさおはどう思ってる?」

「別にどうとも。私はカレシ以外に興味ないし。他人が誰と寝ようが知ったこっちゃないね」


 清々しいほど他人に無関心なみさおの返答に、奉太郎は小さく頷いた。

 周囲のノイズに流されない幼馴染のあっさりとした性格は、奉太郎にとって会話がしやすい。


「俺には興味あるのか」

「そらまあ。腐れ縁の幼馴染だしなあ。奉太郎が変な女に引っかかったら、カレシとのデートの笑い話にはするよ」

「そう。なら放っておいてくれ」


 奉太郎がそっけなく視線を窓の外に向けると、みさおは「あはは」と笑って自分の席へと戻っていった。

 親の都合に振り回され、世間に達観している奉太郎にとって、学校の噂などどうでもいいことだ。

 ただ、きのう無理やり上がり込んできて手作りの夕飯を置いていった彼女の、少しだけ寂しそうな笑顔が妙に脳裏に引っかかっていた。


 放課後。いつもならコンビニに寄って弁当を買うところだが、奉太郎はまっすぐ自分の住むマンションへと帰ってきた。

 自室のドアを通り過ぎ、隣の部屋の前に立つ。

 昼神聖華が休みだった理由。きのう雨に濡れていたのだから、十中八九、風邪だろう。


 ピンポーン、とインターホンを鳴らす。

 しばらく無音が続いた後、ガチャリとチェーンをかけたままドアが細く開いた。


「……はあい」

「君……どうしたんだよ」


 ドアの隙間から顔を出した聖華は、顔を真っ赤にして、ぜえはあと荒い息を吐いていた。

 いつもバッチリ決めているギャルメイクはなく、完全なすっぴんである。

 だぼっとしたパジャマ姿の彼女は、奉太郎の顔を見るとビクッと肩を揺らした。


「あ、阿智くん……? 別にぃ……ちょっと寝坊しただけだし。んへへ」


 熱で目が潤んでいるくせに、彼女は無理やり笑って誤魔化そうとする。

 奉太郎は小さくため息をつき、静かに首を振った。


「風邪薬は飲んだのか」

「えっ? あ、うん……これから飲むとこ」

「ご飯は食ったのかよ」

「……まだ」


 嘘をつけない彼女の態度に、奉太郎は達観したような目を向けた。

 自業自得とはいえ、きのう自分に世話を焼こうとしたお節介焼きが倒れているのを放置するのは、どうにも寝覚めが悪い。


「ちょっと開けろ。俺が買ってきたゼリー飲料、冷えてるから持ってくる」

「え、でも……」

「いいから」


 有無を言わさぬ奉太郎の言葉に、聖華はおとなしくチェーンを外した。

 奉太郎は一度自室に戻り、冷蔵庫に入っていたゼリー飲料とスポーツドリンク、それに解熱鎮痛剤を掴んで聖華の部屋へと足を踏み入れた。


 聖華の部屋は、彼女の派手な外見とは裏腹に、綺麗に整頓された家庭的な空間だった。

 しかし、ベッドの上に倒れ込んだ彼女自身は、熱のせいでかなり弱っている。

 奉太郎はベッドの脇に立ち、手早くゼリー飲料の蓋を開けて彼女に手渡した。


「あ、あ、ありがと……」


 ゼリーを受け取る聖華の手は微かに震えていた。

 彼女の内心は、極度の羞恥心で爆発寸前だったのだ。


 (ださい、私今すごいダサい。うー。好きな人にこんなボロボロの姿見せるとか。すっぴん晒すし。うー)


 ぐるぐると毛布に包まりながら、身悶えするようにゼリーを口に含む彼女を見て、奉太郎は淡々と水と薬をサイドテーブルに置いた。

 熱のせいで顔が赤いのだと思っていたが、どうやらそれだけではないらしい。


「飲み終わったら、その薬飲んで寝ろ。俺は帰るから」

「え……」

「何かあれば連絡してくれ」


 必要な世話だけを終え、あっさりと踵を返そうとする奉太郎に、聖華は慌てて顔を上げた。

 潤んだ瞳が、すがるように彼を真っ直ぐに見つめている。


「なんで、そこまで……してくれるの」

「お隣さんだから。あとは、まあ、あれだ。寝覚めが悪いからな」


 きのう夕飯を作ってもらった恩もある。

 ただそれだけの理由を告げると、聖華は毛布をギュッと握りしめた。


「でも、あたし、奉太郎くんの連絡先知らないし」

「あ、そうか」


 奉太郎は自分のスマートフォンを取り出し、メッセージアプリ『NYAIN』の画面を開いた。

 聖華も震える手でスマホを操作し、QRコードを読み込む。

 ピロン、と軽い電子音が鳴り、二人の連絡先が交換された。


「えへへ、毎日NYAINするね」

「しないで。面倒だから。本当に必要なときにだけにしてくれ」

「うん、ありがとう。奉太郎くん」

「馴れ馴れしいですよ。昼神さん」


 相変わらず塩対応なセリフを残し、奉太郎は聖華の部屋から退出した。

 バタン、と静かにドアが閉まる音が響き、部屋には再び静寂が戻った。


    ◇


 一人きりになった部屋で、聖華はベッドの上で天井を見つめていた。

 手元には、彼が置いていってくれた薬とスポーツドリンクがある。

 熱で火照った身体とは別に、胸の奥底がジンジンと甘い熱を帯びていた。


 これまで、彼女に優しくしてくれる男子はいっぱいいた。

 でも、彼らはみんな見返りを求めていた。派手なギャルという見た目に惹かれ、最終的には体を求めてくる奴らばかりだったのだ。

 優しくして、甘い言葉をかけて、そのままベッドへ押し倒そうとする。そういう薄っぺらい優しさに、聖華は何度も傷ついてきた。


 でも、阿智奉太郎は違った。

 彼は弱っている自分にゼリーを飲ませ、薬を用意し、いろいろと世話を焼いたあと、一切の下心を見せることなくあっさりと帰っていったのだ。

 すっぴんでダサいパジャマ姿の自分を見ても、態度を一切変えることなく。


 スマートフォンを開き、NYAINの画面を見つめる。

 そこには『阿智奉太郎』というシンプルな名前だけが登録されていた。

 世の中に期待していない、凪いだ瞳。不器用だけど、確かな優しさを持った彼の手のひらの温もりが忘れられない。


「やっぱり、彼は周りと全然違う……」


 ポツリとこぼれた独白は、静かな部屋に溶けて消えた。

 毛布に顔をうずめ、聖華は熱で赤い頬をさらに真っ赤に染め上げた。


「やば……思ったより、好きかも……」


 誰でもヤらせてくれる都合のいい女。

 そんなレッテルを貼られて強がっていた少女の心は、塩対応なお隣さんによって、完全に陥落してしまっていた。


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