17.
校舎の隅、滅多に生徒が通りかからない旧校舎の一角に、その部室はあった。
使い込まれた木の扉には『文芸部』と書かれた古めかしいプレートが掲げられている。
聖華が「お邪魔しまーす!」と元気よく扉を開けると、そこには外の喧騒が嘘のような、静謐な時間が流れていた。
窓から差し込む陽光が埃をキラキラと反射させ、古い紙とインクの匂いが鼻腔をくすぐる。
「やっほい、みゆきん!」
聖華が弾けるような笑顔で駆け寄った先。
窓際の席で一冊の分厚い文庫本を広げている女子生徒がいた。
【茅野 深雪】。
隣のクラスの女子であり、聖華の数少ない、そして大切な親友だ。
深雪は聖華の呼びかけにも視線を上げず、ただページをめくる指先だけを動かす。
感情の起伏を感じさせない横顔。レンズの奥にある瞳は、まるですべてを見透かしているかのように凪いでいた。
その佇まいは、往年の名作アニメに登場する無口な文学少女を彷彿とさせる。
「はじめまして。二組の阿智奉太郎です。……茅野深雪さん、だね」
奉太郎が礼儀正しく頭を下げると、深雪はようやく本から視線を外し、眼鏡のブリッジを指先でクイと押し上げた。
「……構わない。ありがとうございます。どうぞ」
鈴の音のように澄んだ、しかし感情を極限まで削ぎ落とした声。
彼女はそれだけ言うと、再び自分の世界――本の迷宮へと戻っていった。
「昼ごはん、本当にここでもいいんですか?」
奉太郎が再度確認するように尋ねると、深雪は本を読んだまま、こくりと一度だけ深く頷いた。
「いいのいいの! みゆきんはこれくらいじゃ動じないから! さ、阿智くん、座って座って!」
聖華は奉太郎を丸椅子に促し、自分もその隣にぴたりと陣取った。
三人の間に流れる空気は、どこか奇妙で、それでいて不思議と落ち着くものだった。
「一緒食べよー。茅野さんは?」
「もう食べた」
「そっかー、じゃああたしたちだけでお先に失礼しちゃうにょ!」
聖華は購買で手に入れたばかりの焼きそばパンを取り出し、奉太郎と並んで食べ始める。
濃厚なソースの香りが、静かな部室にふわりと漂った。
もぐもぐとパンを頬張りながらも、聖華の口は止まらない。
焼きそばパンがいかに美味しいか、今日の天気がいかに良いか、そして今朝の自分のあかっぱじ体験(一部脚色あり)について、深雪に向かって熱烈に語りかけまくる。
対する深雪は、聖華の弾丸トークを完全に無視しているかのように本を読み続けていた。
相槌もなければ、視線を合わせることもない。
まるで聖華が壁に向かって喋っているかのような光景に、奉太郎は食べる手を止めて聖華に耳打ちした。
「あのさ、昼神さん」
「なぁに? 阿智くん」
「……茅野さんを、放っておいていいのか? 君が一方的に喋りすぎていて、彼女の読書の邪魔になっている気がするんだが」
奉太郎の至極真っ当な懸念に、聖華はきょとんとした後、ケラケラと笑い声を上げた。
「いいのいいの! みゆきんは一人が好きだし、あたしの話はBGMくらいにしか思ってないから。ねえ〜、みゆきん?」
聖華が深雪の肩を軽くつつくと、深雪は本を読んだまま、再びこくんと頷いた。
彼女にとっては、聖華の騒がしさは不快な雑音ではなく、心地よい日常の一部であるらしい。
奉太郎は、目の前の二人の関係を不思議そうに眺めた。
派手でエネルギッシュな純情ギャルと、クールで無機質な文学少女。
見た目も性格も、まさに『水と油』のような二人だが、そこには言葉を超えた確かな絆が存在していた。
「……そうか。水と油みたいな感じなのに。二人は本当に友達なんだな」
「うん! みゆきんはあたしの最高の理解者なんだよー!」
聖華が自慢げに胸を張ると、深雪の口元が、ほんの数ミリだけ綻んだように見えた。
それは注意深く観察していなければ見逃してしまうほどの、微かな、けれど確かな変化。
奉太郎は再び焼きそばパンを口に運びながら、この奇妙な友人関係を認めざるを得なかった。
自分もまた、この騒がしいギャルによって、平坦だった日常をかき乱されている一人なのだから。
ページをめくる音と、聖華の楽しげな喋り声。
文芸部の部室に満ちるその不協和音のような調和は、聖華の愛と同じくらい重く、そして温かいものだった。
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