15.
四時間目の終わりを告げるチャイムが、学校中に鳴り響いた。
途端に教室は活気づき、あちこちで机をくっつけて昼食の準備を始める生徒たちの喧騒に包まれる。
昼神聖華は自分の席に座ったまま、隣で静かに文庫本を開いている阿智奉太郎の横顔を盗み見た。
(本当は阿智くんを誘って、一緒にお昼ご飯を食べたいな)
心の中で見えない尻尾を力なく垂らし、小さくため息を吐く。
だが、今の聖華にはそんな勇気はなかった。
教室で公然と彼を誘えば、また有象無象の女子たちから「男に媚びている」と冷ややかな視線を向けられ、彼にまで余計な噂の被害が及んでしまう。
聖華は諦めて、自分のお弁当を食べようとスクールバッグに手を入れた。
ガサゴソと中を探るが、指先に触れるのは教科書とポーチばかりで、あるはずの四角い箱が見当たらない。
カァッと顔から血の気が引いた。
(あわわわっ! ないっ! お弁当、家のキッチンに忘れてきたぁっ!)
朝の盛大な一人相撲、通称あかっぱじのせいで完全に思考がショートしており、肝心のお弁当を鞄に入れ忘れるという致命的なミスを犯していた。
聖華は両手で頭を抱え、机に突っ伏してガックリと項垂れた。
このままでは昼飯抜きである。
購買部で何かパンでも買わなければならないが、聖華には大きな問題があった。
いつも完璧なお弁当を自作しているため、高校の購買部を一度も利用したことがなく、そもそも校内のどこにあるのかすら知らないのだ。
(どうしようっ! 購買ってどこ!? あわわわわっ!)
見えない耳をペタンと伏せ、パニックに陥ってキョロキョロと不審な動きを繰り返す。
すると、ブレザーのポケットに入れたスマートフォンが、ブルッと短く震えた。
慌てて画面を見ると、メッセージアプリの通知が光っている。
『なにかあったの』
差出人は奉太郎だった。
ハッとして隣を見ると、彼は文庫本に視線を落としたまま、片手で器用にスマートフォンを操作している。
どうやら、隣で不審な動きをしている聖華の異変にいち早く気づき、こっそりと連絡をくれたらしい。
(やさしぃぃ……っ!)
聖華は感動に打ち震えながら、猛スピードでフリック入力を開始した。
お弁当を忘れてしまったこと、そして購買部の場所がわからなくて途方に暮れていることを、包み隠さず送信する。
数秒後、すぐに返信が届いた。
『購買まで案内する。噂になると面倒だから、時間差で教室を出て、西階段の踊り場で合流しよう』
スマートすぎる提案に、聖華の心臓はドクンと大きく跳ね上がった。
周囲の目を気にせず彼と合流できる完璧な作戦だ。
聖華は机の下でギュッと両手でガッツポーズを作り、時間差で教室を抜け出すタイミングを見計らうのだった。
◇
「待たせたな」
「阿智くんっ!」
人気のない西階段の踊り場で、奉太郎が気怠げな足取りで合流してきた。
聖華はパァッと顔を輝かせ、見えない尻尾をちぎれんばかりにパタパタと振る。
二人は並んで階段を下り、香ばしいパンの匂いと生徒たちの熱気で溢れる一階の購買部へと向かった。
人混みの隙間を縫うようにして、なんとか販売カウンターの前にたどり着く。
「何が食べたい」
「えっと、じゃあ、あの焼きそばパンでっ!」
奉太郎がススッと手を伸ばし、最後の一個だった焼きそばパンを見事に確保してくれた。
そのままレジのおばちゃんに向かってパンを差し出す。
「財布は?」
「えっ」
奉太郎に短く問われ、聖華はきょとんと目を丸くした。
そして、自分のプリーツスカートのポケットをペタペタと叩き、サァッと顔を青ざめさせる。
「ば、バッグの中だっ……」
教室を出る際、スマートフォンだけを握りしめて飛び出してきてしまったのだ。
奉太郎が呆れたように小さく息を吐くのを見て、聖華は慌ててぷくっと頬を膨らませた。
「だ、だってっ! いつも電子決済だし! スーパーだってピピッて払えるのに、学校の購買がまさか電子決済未対応の現金のみだなんて、思わなかったんだもんっ!」
完全な逆ギレである。
五十三万IQの頭脳をもってしても、高校の購買部というローカルな戦場がアナログ仕様であることまでは予測できなかったのだ。
今度こそ完全に昼飯抜きが確定し、聖華は膝から崩れ落ちそうになった。
「いいよ。俺が奢ってあげる」
奉太郎は小銭入れから硬貨を取り出し、おばちゃんに手渡した。
「えっ、でもっ」
「あとで、電子決済で返してくれればいいよ」
淡々と告げられたその言葉に、聖華の思考がピタリと停止した。
電子決済で返す。
それはつまり、送金のために奉太郎の電子決済アカウントのIDを教えてもらう必要があるということだ。
(アカウント、ゲット……っ!)
ただのメッセージアプリだけでなく、電子決済というまた新たな彼との繋がりを手に入れてしまった。
聖華の脳内に、ファンファーレが鳴り響く。
「阿智くん、神! 一生ついていくっ!」
「大袈裟だ。ほら、戻るぞ」
呆れ顔の奉太郎から焼きそばパンを受け取り、聖華は満面の笑みを浮かべた。
お弁当を忘れるという大失態が、まさかこんなにも美味しい結果をもたらすとは。
ぬへへへ、とだらしない笑みをごまかすように焼きそばパンを胸に抱き、聖華は意気揚々と彼の手のひらの上で転がり続けるのだった。
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