14.
春の柔らかな風を切り裂くように、昼神聖華は住宅街の真っ只中を猛ダッシュしていた。
息を切らし、ローファーの底でアスファルトを強く蹴り上げる。
ばるんばるんっ、と。走るたびに規格外の大きな胸が暴力的なまでに上下に激しく揺れ、制服のブラウスを内側から弾け飛ばさんばかりに主張している。
普段であれば、こんなにはしたなく走るようなことは絶対にしない。
胸が揺れれば、すれ違う有象無象の男たちからいやらしい視線を向けられるからだ。
しかし、今日の聖華にはそんなことを気にしている余裕は微塵もなかった。
「ひぃんっ、遅刻しちゃうぅーっ!」
原因は明確である。
朝の盛大な一人相撲、通称あかっぱじのせいで、完全に時間をロスしてしまったのだ。
一人でドアを叩きまくり、一人でパニックになり、一人で悶絶していたあの数分間が、今になって致命的な遅れとなって聖華を苦しめている。
見えない耳をペタンと伏せ、半泣きで必死に足を動かしていると、ブレザーのポケットでスマートフォンがピコンと小気味よい音を立てた。
「ほえ? なんだろ」
走りながら画面を確認した瞬間、聖華の足がピタリと止まる。
ロック画面に表示されたメッセージアプリの通知。
そこに記されていたのは、なんと愛しの君である【阿智奉太郎】の名前だったのだ。
(阿智くんから! 向こうから連絡してきてくれたーっ!)
嬉しさのあまり、見えない尻尾がちぎれんばかりにパタパタと振り回される。
これまで、事務的なやり取りや聖華からの強引なメッセージはあったものの、彼の方から自発的に連絡をくれることなど皆無だった。
弾む心臓を押さえながら、聖華は震える指でパスコードを入力し、メッセージの画面を開いた。
そこには、彼らしい無駄のない簡潔な文章が並んでいた。
『担任が遅れてる。一限は自習になった。だから、急がないで大丈夫だ。怪我しないように』
「やさしぃいーっ」
文字の羅列を見ただけで、聖華はその場にガックリと膝から崩れ落ちそうになるのを必死に堪えた。
自分より早く登校している彼が、わざわざ聖華のために、急がなくていいと教えてくれたのだ。
しかも最後に添えられた、怪我を案じる一言。
達観したようなあの凪いだ瞳の奥に、自分を気遣ってくれる温かい感情がある。
塩対応の裏にある底なしの優しさに、胸の奥がキュンと甘く締め付けられた。
余韻に浸っていると、追撃するようにピコンと次のメッセージが届く。
『君の場合、走ると色々動いてしまうから、気をつけて。君は男からそういう目で見られちゃうから。気をつけるように』
一瞬にして、聖華の顔面が耳の裏まで真っ赤に沸騰した。
スマートフォンを両手で握りしめ、顔を真っ赤にしてうつむく。
色々動く。それは間違いなく、今まさにばるんばるんと跳ねていた自分の大きな胸のことだ。
普段はまったく性的な目を向けてこない彼が、実はちゃんと自分のスタイルを認識していたという事実。
そして何より、他の男たちから変な目で見られないように、わざわざ注意喚起してくれたのだ。
(注意してくれるなんてぇーっ! やさしぃーっ!)
少しデリカシーに欠ける指摘かもしれない。
しかし、完全に恋のフィルターが分厚くかかっている聖華の脳内では、それが最高級の愛情表現であり、独占欲の表れにすら変換されていた。
彼だけには見られたいけれど、他の男には見られたくない。彼もそう思ってくれているのだと、都合よく解釈してしまう。
聖華の顔に、ぬへへへへ、というだらしのない笑みが浮かぶ。
スマートフォンを豊かな胸に抱きしめ、道の真ん中でクネクネと身悶えしてしまった。
(てゆーか、向こうから連絡くれたの、うれしすぎーっ!)
大好きな人からの初めての自発的なメッセージ。
それだけで、空を飛べそうなほどの幸福感が全身の血液を駆け巡っている。
今なら彼に何をされても、すべてを嬉しく受け入れてしまう自信があった。
(これ、阿智くんに『お手』とか言われても、喜んでやっちゃうかも)
あの涼しげな目で自分を見下ろし、手を差し出してくる奉太郎。
それに全力で尻尾を振りながら、ワンッと従順に両手を乗せる自分。
そんな少し背徳的な主従関係すら、今の聖華にとっては甘美な妄想の材料にすぎない。
(犬かいっ。いや、うれしいかも。なんてねっ)
一人でノリツッコミをして、青空に向かってとびきりの笑顔を弾けさせる。
満たされた幸福感を胸に抱き、聖華はもう走るのをやめた。
彼が待つ教室へと向けて、フワフワと宙に浮くような軽い足取りで歩き出すのだった。
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