親子二代で説得されるようです
「ごふっ!!」
自分の目の前でジフィンさんが盛大に吹き飛んでいく。目の前で起こったその光景に戦慄に近い衝撃を覚える。それ程に今のエタニアの渾身の蹴りは相当の速度だった。だからこそジフィンさんほどのハンターといえども事前に気配を察知して回避が出来なかったのだろう。
(……もしも今の一撃が自分に向けてのものだったら全盛期の俺ならともかく、今の俺じゃ避けられなかったかもしれないな。明確にジフィンさんだけに対して向けられた殺気に近い感情があったからこそ一瞬ではあるが先に気付けたようなもんだ)
そんな事を考えているとエタニアが倒れたままのジフィンさんに駆け寄り、胸ぐらを掴みながらがくがくと揺らしながら叫ぶ。
「答えるのだわお父様!急いで戻って来てみればアーク先生にむ……婿だとか言い出すし、挙げ句の果てには大声で気にしている私の体型まで赤裸々に!いくらお父様と言えども許せないのだわ!」
実の父親を全力で蹴り飛ばしながらも顔を真っ赤にしてなおもジフィンさんを責め立てるエタニア。答えようとしているのかもしれないが今この間にもがくがくと首を激しく揺らされているジフィンさんの顔色がどんどん青白くなっている。流石にこの辺りで止めないとまずい事になりそうだ。
「……その辺りにしておくんだエタニア。気持ちは分からんでもないが、それ以上は流石にジフィンさんがやばい」
そう言いながらエタニアを宥める。我に返ったのかエタニアがジフィンさんを掴んでいた手をぱっと手を放す。ごつん、と勢いよく頭からジフィンさんが地面に落ちる。……後頭部をしたたかに打ち付けたように見えるが大丈夫なのだろうか。ジフィンさんの安否を確認するより早くエタニアが口を開く。
「ご、誤解なさらないで欲しいのだわアーク先生!あ、あくまでお父様の妄言であって!そ、それに私も今はこんな体型なのは事実だけれどいずれは私も成長期を迎えて胸や体も立派なレディになる予定なのだわ!」
よほど狼狽しているのか何やら余計な事まで言い出すエタニア。まずは彼女を落ち着かせるのが先決だと思い改めて声をかける。
「うん。まずは落ち着いてくれエタニア。ジフィンさんの話の前半はともかく、後半は俺も理解出来なかったからな。ひとまず落ち着いて話を聞こう。あと、ここにいるって事はもう手続きや今後の流れは終わったのか?」
「はっ……!す、すみませんアーク先生!お父様のせいでつい取り乱したのだわ……はい、それらに関しては万事滞りなく済ませました。入手した素材での強化についてアーク先生にいくつかご意見をお伺いしたく、急ぎで戻ったらその……あのような事をお父様が言い出していたもので……」
なるほど。戻って早々に話の内容がおかしな方向に向かいだしたと判断したため咄嗟にあの素晴らしい蹴りが出たという訳か。これは近接での格闘の才もありそうだと内心で思いつつエタニアに話しかける。
「なるほどな。分かったよ。……だが、その辺りの相談となると俺だけじゃない方が良いな」
そう言いながら未だに倒れたままのジフィンさんの元へと駆け寄った。
「……ふふっ。流石ですエタニア。まさか私が反応出来ない速度での攻撃を繰り出せるまでの強さになっているとは夢にも思っていませんでしたよ……」
介抱をしようとこちらが準備をしようとしたタイミングでよろよろと起き上がりながらジフィンさんが言う。その表情からは先程の一撃のダメージよりも娘であるエタニアの成長を心から喜んでいるように見える。
「……お父様。まずは私たちの質問に答えてくださいまし。でないと、また私思わず手が出てしまいそうなのだわ」
満面の笑みを浮かべつつも拳を握るエタニアの目は全く笑っていない。この状況でこれ以上余計な事を言ったり何かをはぐらかそうとすれば己に待ち受ける未来は死あるのみと思わせるには充分な程の圧が感じられる。
「……そうですね。少しばかり早まった発言をした事は二人に謝ります。ただ、これは親としてもハンターの先輩としても大事な事でもあります。それはお二人とも理解してください」
そう言って真面目な顔でジフィンさんがこちらを見つめる。瞬時に周りの空気が張り詰める。やはりこの人は歴戦のハンターなのだと再認識する。そう思っているとジフィンさんが口を開く。
「エタニア。貴女は今日ハンターとしての第一歩を踏み出しました。それは親としても先輩ハンターとしても喜ばしく誇らしい事です。だからこそ今のうちに貴女の真意を確かめたいのです」
先程までの雰囲気が影を潜め、空気がひりつく。修羅場を潜り抜けた者だけが纏う事を許されるオーラが周囲を包む。その空気に自分はもちろん、エタニアも押し黙りジフィンさんの次の言葉を待つ。
「エタニア。貴女はかねてよりアークさんの過去の功績に惹かれていました。そして、今回その才と人柄に実際に触れ、アークさんを師と仰ぎ学びたい。そう思っているのではありませんか?」
ジフィンさんにそう言われ、一瞬間を置いてエタニアが口を開く。
「……はい。お父様に言われなくとも私の方から申し出るつもりでした。すぐには難しくとも、アーク先生に指示する事をいつか認めてもらいたいと思っております」
そう言ってこちらに向かって頭を下げるエタニア。少し間を空けてエタニアに返事をする。
「……悪いが、今の俺はハンターじゃない。ただのギルドの受付だ。クエストに向かう際にちょっとしたアドバイスこそする事はあっても弟子を取ったりする事はない。それ以前にハンターに返り咲くつもりもないからな。確かに前にも新人のクエストに同行する事はあったがそれはあくまでもイレギュラーな事態だったからだ。悪いが諦めてくれ」
そうはっきりと宣言する。実際バンツたちからもあれから幾度となく同行を求められたが全て断っている。そもそもあの一件も偶然とトラブルが招いた事態だったのだ。だが、エタニアも引くつもりはないらしい。
「あ、諦めないのだわ!……いえ、諦めません。私の憧れであった手記のハンターがアーク先生だったという事実。これを知った上で諦めろというのはあまりに残酷です。もう私にとって他の誰にもアーク先生の代わりは務まりません!」
うん。その気持ちは素直に嬉しい。だが、その言葉をいくら現役を退いたとはいえ歴戦のハンターであり父親であるジフィンさんの前で言うのはいかがなものか。キャリアも功績もジフィンさんの方がはるかに上なのだが。……心なしかジフィンさんの目にうっすらと光るものが見える。
「……娘の言う通りです。ハンターへの復帰はひとまず置いておくとして、娘の意を叶えてやりたいと思うのが親心というもの。思わず余計なことも言ってしまいましたがそこはご容赦ください」
気丈にも表情を崩さずにジフィンさんがそう口にする。一呼吸置いてジフィンさんが更に続ける。
「……アークさん。貴方は自身の評価や存在を過小評価し過ぎです。このままでは貴方という存在がこのまま人知れず埋もれてしまいます。過去に何があったとしても、私自身の本音を言えば貴方にはハンターに復帰して欲しい。それが無理だとしても、このまま地方の受付で納まっていい器ではありません。エタニアはもちろん、然るべき場所で優秀な後進の育成に努めるべきです。エタニアや新人のハンターを見て何とも思いませんでしたかアークさん?本当の気持ちをお答えください」
そう言ってジフィンさんが自分の目をまっすぐと見つめてきた。




