想定外の出来事は意外と起こるものです
「君が……?いえ、失礼しました。調査観察員の娘という事は、貴女も観察員という事ですか?」
そう尋ねると、にこりと笑いながらエタニアが答える。
「そこまで畏まらなくても良いのだわ。何故か貴方には普段の口調で話して欲しいのだわ。そうそう、それと貴方の名前も聞かせて欲しいのだわ」
そうエタニアに言われ、自分がまだ彼女に名乗っていない事に気がついた。
「失礼しました。自分の名前はアーク=ペンレッドです。よろしくお願いいたします」
そう言ってエタニアに一礼する。自分の名前を聞いてエタニアが一瞬不思議そうな顔をする。
「アーク=ペンレッド……貴方の名前、どこかで聞いたような……」
エタニアがそう言いかけた時、奥の方から大柄で屈強な男性が数人のお供らしき連中を引き連れてこちらに駆け寄って来た。
「……エタニア。今までどこに行っていたのですか。……これは約束通り、罰です」
言うが早いか、エタニアの頭に男が勢いよく拳骨をかました。その動きの早さに思わず反応する。次の瞬間、ごちん!という良い音が響き、エタニアが頭を押さえながら涙目で口を開く。
「い、痛いのだわお父様!ちょっと周りを散策していただけなのにいきなり拳骨はあんまりなのだわ!」
エタニアがそう言うものの、男性が淡々と言い返す。
「言い訳は聞きません。屋敷を出てからこれで何度目だか分かっていますか?何度も警告したというのに目を離せば興味を持ったところへふらふらと……ようやくギルドに到着したかと思えばまたすぐ行方知れずになるとは思いませんでした。おかげで今まで調査に入れなかったのですよ?」
冷静に、だが重々しくそう言い放つ男性の顔に見覚えがある。年の頃はとっくに初老に差し掛かる頃だろうが、その屈強な見た目は年齢を感じさせない程に鍛え上げられている。そう思っていると男が更に続ける。
「全く……我が娘ながら頭が痛い。昔の仲間が見たらジフィンの娘はとんだじゃじゃ馬だと笑われてしまいますね」
男のその言葉で先程の動きの早さも持ち合わせている風格も合点がいった。思わず男に声をかけてしまう。
「もしかして貴方……ジフィンさんですか?『粉砕者』と呼ばれたあのジフィン=パルキンさん……」
自分の言葉になおもエタニアを叱ろうとしていた男がこちらに振り返り声をかけてくる。
「……いかにも、私がそのジフィン=パルキンですが……その古い二つ名を知っているという事は貴方、もしかしてハンターですか?」
ジフィンにそう言われ、思わず声をかけてしまった事に気づく。聞かれたからには仕方ないと思い問いかけに答える。もっとも、周りの目もあるためハンターであった事ではなく現在の身分を伝えるに留める。
「……いえ。自分はこちらのギルドで受付をしておりますアークと申します。ですが、その体躯で魔獣や魔物を薙ぎ倒すその姿を称して『粉砕者』の名前が付いたという事は聞き及んでおります」
まだクランという存在がなかった時代、優秀なハンターはその活躍や戦いぶりを評された個人に対し二つ名を付けられる者たちがいた。エタニアの父であるジフィンもその中の一人であった。
「懐かしいですね。その呼び名を知っている者は今ではほとんどいないと思っていましたが……貴方、かなり博識ですね。受付と仰いましたがその物腰といい、過去に様々な経験を積んでおられるようですね」
自分が現役でハンターとして活動する間、既にその活躍で伝説級と称されるハンターの中に名を連ねる中の一人であるジフィンにそう言われて少しだけ誇らしくなっていると、自分への矛先をかわせると思ったのかエタニアが口を開く。
「そ、そうなのだわ。この方……アークさんは応対も丁寧だし、ここに来るまでも施設に関する詳細を色々聞かせてくださったのだわ」
エタニアの言葉にジフィンが少し考えながら言う。
「ふむ。……まぁ良いでしょう。では皆さん、娘のせいで遅くなってしまいましたがこれより調査に関しての作業を進めたいと思います。それではよろしくお願いいたします」
そうジフィンさんが言うと、周りのお供とギルドの連中が慌ただしく奥へと向かう。その後を慌てて追いかけるエタニアがすれ違いざまに声をかけてくる。
「……お父様の興味の対象が貴方に移って助かったのだわ。ありがとうアークさん。また後でお話ししたいのだわ」
そう言って自分の返事を待たずにぱたぱたとエタニアがジフィンさんたちの方へと走っていく。綺麗な金色の巻き髪がそれに合わせてふわふわと揺れている。その背中をしばし見つめ、時計を見て我に返り慌てて昼からの業務に戻った。
「……やけに調査に時間がかかっているな。例年ならとっくに俺たちの部署に来るどころか全部署をもう回り終えてもおかしくないはずの時間だ。どこかの部署で何か問題でもあったのかね」
作業の手を止めずに同僚がそうつぶやく。自分がここに来てからは始めての事なので今までの流れは全く分からないので思わず近くの先輩に声を掛けて尋ねる。
「そうなんですか?いつもはそんなに早く終わるものなんですか?」
自分の問いかけに先輩も時計をちらりと見てから不思議そうに答える。
「うーん。そうだな。始めるのが多少遅れたとしても、俺たち受付の部署にまだ来てないっていうのはおかしいな。いつもの流れなら決め事の質問を数点受け答えして調査員がチェックする箇所に不備がなければ終わり、って感じだから確かに遅いなぁ」
時計を見ればその脇に報告書類を手にした上司が調査員たちが受付に来るのを今か今かと待っている。そう思っていると外がにわかに騒がしくなってきた。
「お、来たみたいだな。……ん?何か様子がおかしくないか?」
同僚の声に自分も入り口の方へ耳を傾ける。何やら外で言い争いをしているようだ。そう思った次の瞬間、大きな音を立てて扉が開かれエタニアが飛び込むように受付へと入ってきた。
「待ちなさいエタニア!まだ話は……!」
扉の外からジフィンさんの叫ぶ声が聞こえる。それより早くエタニアが辺りを見渡し自分の姿を見つけてこちらに駆け寄ってきて開口一番に叫んだ。
「アークさんっ!……私……クエストに行きたいのだわっ!」
「……へっ?」
突然のエタニアの申し出に、思わず間の抜けた声を出してしまった。




