6話
赤城調教師は悩んでいた。
「担当はどうすればいいだろうか」
ジンライフウレツとカナヅルコトヒメの担当厩務員を誰にすればいいのか赤城調教師は頭を抱えていた。
「ジンライフウレツの担当は大井に任せればいい として問題はカナヅルコトヒメをどうするか·········」大井厩務員は厩舎の中でも一番のベテランの厩務員で最も信頼されている人物である。
調教助手の羽黒と並んで赤城調教師と厩舎の立ち上げから所属しており、厩舎の中心を担ってきた赤城調教師が最も信頼を置くスタッフである。
「調教は羽黒と加賀それに光輝もいるからとりあえずは安心できるが·········」
調教に関してはとりあえずの目処は立ったがやはり問題はカナヅルコトヒメの担当の厩務員を誰にするかであった。
育成の段階でも色々と難しいところがあり、普段の世話においても大変な苦労を重ねたと聞いているので 、担当の厩務員にはかなりの負担をかける事はすでに予想できていた。
普通なら一番信頼が置ける大井厩務員に任せるのが一番妥当な選択なのだろう。しかし、ジンライフウレツは赤城調教師が今年一番の期待を持っている馬なのでやはり担当の厩務員には一番のベテランである大井厩務員を、調教には羽黒調教助手と加賀騎手を、そして主戦騎手には光輝をという万全の布陣でデビューを迎えたいというのが赤城調教師の考えであった。
これはジンライフウレツに対する期待の表れではあったが、その分カナヅルコトヒメの担当に誰を選ぶのかという問題に頭を抱える事になってしまった。
しかし、これはカナヅルコトヒメに対する期待が小さいのではなくむしろ逆で、調教を進めて言って馬が大人になってくれば、ジンライフウレツと同じように活躍してくるだけの素質はあると踏んでいるのである。
赤城調教師が頭を悩ませていると横から声をかけられた。
「赤城先生、調教終わりました」
「もう終わったのか、飛鳥ご苦労様。春日厩舎の調教はどうだった?」
声をかけてきたのは厩舎に所属している女性騎手の大和飛鳥だった。
大和騎手は昨年デビューしたばかりの新人で実力はまだまだだが、ファンも多く皆に期待されている若手騎手である。
「春日先生には以前よりもうまく乗れるようになったと褒めてもらえました。けど、騎乗依頼もらえませんでしたね」
大和騎手は残念そうに言った。
「そんなに甘くはないぞ飛鳥。調教で少し上手く乗ったぐらいで乗せてもらおうなんて考えるな。
信用してもらわないと乗鞍は増えないからな。
地道にコツコツと信用を積み重ねて努力するんだぞ」
「はい、わかりました」
騎手はいくらレースに乗りたくても馬主や調教師から騎乗依頼が来ない限りレースに出ることはできない。
まだまだ未熟で勝てる可能性が高いとは言えない若手が乗せてもらうには信用を積み重ねていくしかない。
そのために赤城調教師は弟子である大和騎手に周りの人たちに好かれるように耳にタコができるほど言い続けている。しかし、本人の性格もあって人に好かれる事に関してはほとんど心配はしていなかった。
真面目に毎日トレーニングを欠かさず 、先輩騎手へも頻繁に質問する姿を見かけるとレースに勝てるようにしてやりたいと思いながら日々を過ごしている。
「赤城先生は何を見ているんですか?」
大和騎手は机の上に広がっている紙を見て何を考えているのだろうと質問をした。
「今度厩舎に入る馬達のことで悩んでいるんだ」
「噂の双子がついに厩舎に来るんですか」
飛鳥はいよいよ双子が厩舎にやってくるという話を聞いてワクワクしていた。
「楽しみにしているのはわかるがなかなか難しい馬だからな、関係者の間でも話題になっているしデビューすることができたら競馬ファンの人気も出るだろう。厩舎の皆にもかなりの負担をかけることになる。だが、それ以上の喜びや感動があると思っているよ」
「けど赤城先生は難しい顔してますよね?
そんなに期待する馬が入ってくるのに逆に近寄りがたい雰囲気を出してますよ」
大和騎手は赤城調教師の話す内容と実際の赤城調教師の表情の隔たりがあまりに大きいので言及した。
「期待も大きいからプレッシャーも大きい、それに調教に関しても普段の世話にしても色々と不安が多いんだ。特に姉のカナヅルコトヒメは」
「姉のカナヅルコトヒメって白毛のお姉さんの方ですよね。すごくかわいいと思うんで早く見たいです」
確かに見た目は美人ではあるが実際に調教してみるともう中身は怪物と言っていい。
「弟のジンライフウレツに関しては事故がなければ無事にデビューできるだろう。しかしコトヒメの方はここに来てもまだ不安が残っているからな」
「けど先生はデビューできないとは考えて無いんですよね」
「その通りだ。難しいとは思うが素質はある馬だと思う。だから調教師としてなんとかこのままデビューさせて勝ち上がらせたい。そのためにも厩舎の皆の協力が必要なんだ」
赤城調教師はカナヅルコトヒメがレースで勝ち上がるには厩舎全員の協力が必要だということを改めて伝える。
「それじゃあ私も二頭に乗ることはできるんですか?」
飛鳥は自分もその二頭には興味津々で、 調教やレースに乗ってみたいという意思を率直に伝えた。
「残念だがお前に任せるのは難しいな」
赤城調教師は大和騎手に乗せる気はないとはっきりと伝えた。
「やっぱりダメですか 」
大和騎手は駄目元で言ってみたのだが残念そうにした。
「ジンライフウレツは羽黒に乗ってもらう。レースは光輝に乗ってもらう予定だ。これは浅葱オーナーにも了解を得ているからお前が乗ることはない 」
「それじゃあカナヅルコトヒメはどうなんですか?」
「カナヅルコトヒメは別の意味で任せられない。調教は難しくて危険が大きい。 まだまだ経験の浅い飛鳥を乗せたら直ぐに病院送りになるのが容易に想像できる。レースの方も不安が多いからベテラン騎手に任せようという話になっている。だから、飛鳥が乗るということは無いだろう 」
「今の私の実力じゃやっぱり駄目ですか。馬のデビューがもう何年か後だったらチャンスもあったんですかね」
「そうだな。もう何年か経験を積んでいたら任せていたかもな。まあ問題無くデビューして勝ち上がる事が出来たら何年かは走れるだろうから 、その間に腕を上げて騎乗依頼をもらえるようになるんだな」
赤城調教師はもっと腕を上げて騎乗依頼をもらえるようになれと発破をかけた。
「はい、わかりました。2頭が現役中に乗せてもらえるように頑張ります」
大和騎手は騎乗技術はまだまだだが、これから腕を上げれば現役の間に乗るチャンスはゼロではないと前向きに考えた。
赤城調教師は前向きに努力して乗せてもらえるように頑張る姿勢に満足し、もう少し成長したならば調教に乗せてみようかと思った。
しかし、目の前の弟子の成長に微笑ましく思ったのも束の間。これから厩舎にやってくる問題に関しての解決策を考えなければいけないことを思い出して再び気持ちが沈むのであった。




