4話
1時間ほどたつと牧場に赤城調教師が到着した。
到着した車を迎えに行くと車からもう一人降りてきた。
「加賀さんも来ていたんですか。」
光輝は予想していなかった人が降りてきた事に驚きながら声をかけた。
加賀武雄騎手は中央に所属する陸奥騎手の先輩である。赤城厩舎に所属していたこともあり、陸奥騎手のデビュー当時からお世話になった頼りになる先輩である。
G1は勝っていないが堅実な結果を残しており、多くの調教師に信頼されて後輩の騎手やファンにも好かれるベテランの騎手である。
「赤城先生と一緒に北海道に来ていたんだが、急に赤城先生から来いと言われて連れてこられたんだ。
いったい何があったんだ?」
加賀騎手はどうやら詳しい話を聞いていないようで困惑気味に質問をしてきた。
「光輝、それで話題の馬はどこなんだ。」
しかし、赤城調教師は加賀騎手の質問を無視して馬への興味を優先した。
光輝は苦笑いしながら説明するより案内したほうが早いと馬達のところに案内した。
「赤城さん、ご足労をかけます。おや、加賀さんもご一緒ですか。」
陸奥調教師も予想外の人が来たことに驚いていた。
「これほど期待をかけている馬がいると言うなら、武雄にも見てもらおうと思いましてね。それで、こちらが期待の仔達ですか」
「ええ、姉はヒメ、弟はジーとよんでいます。」
赤城は紹介された馬をじっくりと観察する。
姉の方は初めて見る人たちを警戒して今にも暴れ出しそうにしていた。赤城調教師は注意しながらゆっくりと馬体を見るが牝馬としては大柄で立派な馬体をしている。
対して、弟の方は姉のように暴れることもなく、むしろこちらを観察するかのようにこちらをじっと見つめていた。姉に比べるとその馬体は少し小柄だがキレイな馬体で、こちらも期待をもてる馬だと感じた。
傍に行って馬体を観察しても暴れようともしないので、ゆっくりと観察できたが、姉弟で全く違う性格なのだなと感じた。
2頭の調教の映像を見せてもらうとその思いはさらに強まり、光輝の言った通り地方より中央で走らせても問題ないと思い、自分の手で育てて走らせたい思いが膨らんだ。
「赤城さん、この仔達を育ててみたいと思いますか」
陸奥調教師からの質問になぜ見に来ないかと誘ってきたのかを察して一言
「予想していたんじゃないですか?」
「それでは、浅葱オーナーに赤城さんを紹介しても構いませんね」
陸奥調教師はこの馬たちを中央で走らせるための調教師を探すために自分を呼んだのだ。
「しかし、いいんですか?今さらだが自分の厩舎に入れてもらえる期待の馬を他の厩舎に紹介してて……」
「自分としても残念な気持ちはありますが息子がここまで期待をしている馬なら、乗るチャンスを作りたいと思いましてね」
照れながら本心を言う姿に赤城もまた光輝が騎乗してレースを走る姿を想像しながらうなずいた。
「さて、将来の夢を語るのはここまでにしましょう。まずはオーナーに説明して赤城さんの厩舎に入れてもらえないか説得しないといけませんからね」
「そうですね、絵に描いた餅にならないためにも全力で説得させてもらいますよ」
お互いの意思を一つにすると陸奥調教師は浅葱オーナーへの電話をかけた。
浅葱オーナーが自宅で休んでいると電話がかかってきた。画面を見ると陸奥調教師からの電話であった。
「そういえば今日は、牧場にヒメとジーを見に行くと言っていた日だったか」
馬達を見た陸奥調教師がどんな評価をしているのかを気にしながら浅葱オーナーは電話にでた。
「もしもし、浅葱ですが」
「浅葱オーナー、お忙しいところすいません。今日は、お話したいことがありまして、お電話をかけさせていただいたのですが」
浅葱は予想とは違う言葉に身構えたが、その後の陸奥調教師の言葉に一瞬思考が停止した。
「2頭を中央競馬で走らせる気はありませんか」
しばらく言葉が出なかったがその言葉の意味を理解して答えた。
「中央でですか」
「はい。今日、息子にも乗ってもらって、中央でも十分に期待できるだけの素質はあると感じました。これは一緒に見てもらった赤城調教師も同じ考えです」
「ちょっと待って下さい。赤城調教師とは中央競馬の赤城調教師ですか?」
突然出てきた名前に驚いた。
馬主になってから調教師について調べた時に上位で出てきた名前だった。
「はい、偶然近くの牧場にきていたので、勝手で申し訳ありませんが馬達を見てもらいました」
「そんなトップクラスの騎手や調教師から見て、それほどの評価をもらえたのですか」
浅葱も突然の展開に驚いていたがすぐに冷静になって頭を働かせた。
「今、横に赤城調教師がいますのでお電話を変わります」
「初めまして、調教師の赤城です。」
「初めまして、浅葱です。このような形でお話するとは思いもしませんでした」
「初対面がこのような電話での形で失礼だとは思いますが浅葱オーナー、私に馬達を預けて頂けませんか」
話しの流れから予想はしていたがそれでもはっきりと言葉に出されると驚きは隠せなかった。
これほど有名な調教師から預かりたいと言われるとは思いもしなかったからだ。同時にいろいろと不安な点が思い浮かんできた。
「いくつか確認したいことがあります。
まず一つ。聞いているとは思いますがこの二頭は双子です。双子が競走馬として大成したことはないと聞いています。それもあって私は地方競馬で走らせようと思ったのですが………」
「その事は重々承知しています。しかし馬を見せてもらいましたが、順調に成長してくれているようですし、これなら中央でも期待をもって調教できます」
赤城調教師の力強い言葉に浅葱は中央で走らせる方に徐々に天秤が傾いていった。しかし、もう一つの不安があった。
「もう一つはヒメの事です。ジーの調教は順調に進んでいて安心して成長を待っていましたが、ヒメの方は馬体の成長は申し分ないが競走馬としての調教はかろうじて進んでいる状態で、デビューできるかは五分五分という話なのですが、一緒に預かってもらえるのでしょうか?」
疑問に対して赤城調教師はヒメを見た時の事を思い出す。
ジーを見た時は何も問題なく終わったが、問題はヒメを見た時だった。
知らない相手が近づくと警戒する、触ろうとすると嫌がって暴れる、加賀騎手に乗ってもらおうとしても暴れ出して乗れないと姉弟だが二頭の性格は全く違った。
牧場のスタッフに聞いてみると同期の育成馬の中で最も手間がかからず、一番早く馴致を進められた馬がジー。最も手間がかかり、一番馴致で苦労してスタッフを困らせているのがヒメだという。
騎乗運動を始めてからも乗るのを嫌がる、人を落とそうとする、と大変苦労をしており
「ジーの調教は0.5頭分、ヒメの調教は3頭分」
とスタッフから聞かされるほどだった。
しかし、騎乗したスタッフたちの話しを聞くと苦労してきたという愚痴は聞くが馬の能力に対するマイナスの意見はほとんど無かった。
むしろレースにでれるようになればきっと勝ち上がってくれると期待して調教を行っているのを感じた。
赤城は育成スタッフからの言葉や自分の考えを伝えると最後に
「能力がある馬の足りない部分を補い、問題を解決してその馬をレースで勝てるようにするのが調教師の仕事です。
確かにヒメは競走馬としては問題になる部分は多い。しかし、そんなヒメの能力を引き出してレースに勝てるように私に調教をまかせてもらえませんか」
赤城の言葉に浅葱はこの人になら任せられると馬を預けることを決めた。
「分かりました。それでは馬達の事をよろしくお願いします。それと陸奥調教師にお伝え下さい、この二頭は預けられなくなったのでまた別の馬を預けさせてもらいますと」
そうして話が終わると
「陸奥さん、話は終わりました。うちに預けてもらえる事になりました」
「そうですか。しかし、これからが大変ですね」
「ええ。しかし、これだけの素質を感じる馬達ですからね夢を抱いて頑張りますよ」
これからの予定を話し合う横で馬達は早く走らせてくれと言わんばかりに暴れだしそうにしていた。
こうして二頭は中央の赤城厩舎に預けられることになった。




