3話
浅葱オーナーに買われた2頭の仔馬は順調に成長して育成牧場へと移動して競走馬になるためのトレーニングが行われるようになった。
「どうですかジーとヒメは。」
久しぶりに牧場を訪れた浅葱オーナーは牧場のスタッフに調教の具合を尋ねていた。
「ジーの方は順調に進んでいます。このままいけば競走馬デビューは問題ないでしょう。ただ、ヒメの方は・・・」
「ヒメは何か問題が?」
「弟に比べて苦労が多いですので、競走馬デビューはできそうですが、調教師や騎手の方は大変そうだと感じています」
「そうですか・・・」
話をしている横でちょうど調教を終えた馬たちを見ていると、いきなり姫が立ち上がり、乗っていたスタッフを落としているところだった。
その姿に一抹の不安を感じていると
「ところで入れる厩舎の方は決まっているのですか?」
と、質問があり
「ええ、地方競馬の厩舎を紹介していただいたの、そちらに頼もうと思っています。」
と答えた。
「中央ではないのですか」
「最初に見た頃は中央では厳しいだろうと言われたので、それなら中央の馬は別に買わせてもらって、この2頭は地方で走らせようとなりまして」
「もったいないですね。この成長具合なら中央で走らせても問題ないと思いますが」
「そう評価してもらえるのはありがたいですが、初めて馬を預かってもらうのでこのまま地方で預けようと思います」
「そうですか。もしも活躍してくれたら、その時は中央で走らせる事もできますし将来に期待しましょう」
浅葱オーナーはスタッフの言葉を聞いて順調に馴致も進んでいたので、後は調教師が見てどんな評価をだろうと思いながらヒメの首を優しく撫でた。
その数日後に盛岡競馬の調教師が馬を見るために牧場を訪れていた。
「お待ちしていました陸奥調教師、おや、息子さんもご一緒ですか?」
「ええ、双子の馬というのは珍しいですし、息子にも乗ってもらって馬の具合を確かめてもらおうと思いましてね」
そう告げた横で馬を興味深く見ていたのは騎手の陸奥光輝である。
中央の騎手である彼は若手で活躍するジョッキーで今回父の厩舎に入る予定の馬がいるので一緒に見に行かないかと誘われたのだが、一目見ると2頭の馬に興味を奪われた。
しばらく馬たちを見ていると突然
「すいません、乗せてもらえることはできますか?」
そう言って陸奥騎手が質問をしてきた。
許可が下りると陸奥騎手はヒメにまたがり走らせるとまた戻ってきて、今度はジーにまたがり走らせに行った。
2頭の騎乗が終わると陸奥騎手は父親に
「この馬達は何で中央じゃなくて親父の厩舎に入れようという話になったんだ?」
と不思議そうな顔をして質問してきた。
「浅葱オーナーが今年から中央の馬主免許を取って買った馬何だが、買った頃は中央で走らせるのは不安があったので地方でデビューする事になったそうだ。それで姫川オーナーの紹介で預かれないかと話をもらっていたので内の厩舎で預かることになったんだが、それがどうかしたか?」
しばらく考えると陸奥騎手は意を決して言った。
「浅葱オーナーに、中央で走らせてもらえらえるように頼めないか?」
その言葉を聞いた陸奥調教師はあっけにとられてしばらく呆然としてしまった。
親の厩舎に入れてもらえるという馬をよその厩舎に入れてもらえないかと頼めないかと言ってきたのだ。
「親父には悪いと思う。けど、馬に跨って走らせみて、この馬は地方ではなく中央で走るべきだと思う。それだけの素質を感じるんだ。」
陸奥騎手は真剣な眼差しでその言葉を聞くスタッフと父親にその想いを伝えた。
息子の言葉を聞きながら父親は、その熱意に驚いていた。
ここまではっきりと馬をほめるとは
今までも一緒に馬を見に来たことはあったが、ここまではっきりと馬の能力にたいして意見を聞いたのは初めてだった。
「うちの厩舎に入る予定の馬なんだがなあ・・・」
息子の言葉に対して当然の事を言ったが、息子の言葉は変わらなかった。
「親父、この馬の可能性を感じているんだ。
何とか、オーナーに話すことはできないか?」
その思いは伝わってきたが、一度引き受けると言ったのに、息子が中央で活躍できるかもしれないから中央で走らせたらどうですかと、無責任な事をオーナーに薦めていいのだろうかとしばらく迷っていた。
結論がでないまま話しをしていると電話が鳴った。電話にでると中央の赤城調教師からの電話だった。
「もしもし、赤城調教師お久しぶりです。」
赤城調教師は元騎手で現役時代にはリーデイングをとり、G1も複数勝利したトップジョッキーとして活躍した。
引退後には調教師に転身し、調教師としても活躍する競馬界の実力者である。
陸奥調教師とは地方と中央と所属は違っても同じ騎手として交流があり、調教師になった後もその交流は続いていた。
その縁もあり、息子の光輝が中央の騎手としてデビューした時も、多くの馬を任せて新人騎手時代のサポートをしてくれた恩人である。
「やあ陸奥さん、お久しぶりです。
光輝から牧場に馬を見に行くと聞いていたので、食事でもどうかと思ったのですが都合はどうですか?」
食事の誘いの電話に了解しようと答えようとした瞬間、ふと頭の中で一つの考えが思いついた。
「赤城さん、誘いの電話をかけてきたということはこの近くに来ているんですか?」
聞いてみると、この牧場から30分ほど行ったところにある牧場から電話をかけていると言われて、陸奥調教師は思いついた考えを実行することにした。
「赤城さん、こちらの牧場に馬を見に来てくれませんか?」
陸奥調教師は馬を預かることになった経緯と光暉が馬に乗って走らせてみて、中央競馬で走らせるようにオーナーに頼んで欲しいと言っていることを伝えた。
赤城調教師は陸奥調教師の説明を静かに聞きながらその馬に興味が湧いた。
光輝の実力はよく知っていた。デビューの頃から何頭も馬を任せてその成長を見てきたのだからその技量には信頼を置いている。
しかし、育成段階で乗った馬に対してそこまで強い言葉を発したのは聞いたことがなかった。
赤城調教師はすぐに了解して電話を切ると興奮を抑えながら牧場へと車を走らせた。




