2話
馬主の浅葱流真はこの日、新しく買う馬を見に牧場を訪れた。知り合いから 馬主資格を取ったらどうだと勧められて馬主資格を取ったばかりの新人馬主である。
馬主資格を取ったのでレース走らせるための馬を買わなければいけないのだが、知り合いから一度牧場で馬を見ないかと言われ、この牧場を紹介されて訪れた。
「お待ちしていました浅葱さん。お話は聞いています」
場長の大沼との挨拶を終えると浅葱オーナーは牧場で今年産まれた新馬たちを見せてもらった。
「どれか、おすすめの馬はいますかね?」
浅葱オーナーはまだ馬主になりたてで馬の知識も勉強中だ。この機会に、馬の見方を教えてもらおうと質問を重ねていった。
大沼場長も快く質問に答えながら何頭かの仔馬たちを見せてもらいながら歩いていると、厩務員が2頭の仔馬を曳いて通るのが見えた。
その2頭に目をやると一瞬で目が離せなくなった。
1頭が白毛の馬だったのだ。白毛の馬が珍しいことは知識として知っていたのでその馬に目を奪われ大沼場長に質問をした。
「この馬は白毛の馬ですか?」
「 そうです。去年産まれた馬です」
「この馬も売りに出す馬なんですか」
「はい。その予定なんですが何人か懇意にしている馬主の方に見てもらってもいい返事をもらえなくて。珍しいので興味はもたれるんですが······」
浅葱オーナーは珍しい白毛の馬ならすぐに買い手が見つかるものではないかと思った。大沼場長が疑問に思っているのを察して説明を始めた。
「実はあの2頭は双子なんですよ」
「双子。馬の双子ですか」
「はい」
サラブレッドの双子は妊娠が分かった時点で1頭を堕胎するのでほとんど産まれることはないの聞いていたので浅葱オーナーは驚いた。
「 難産でしたが無事に生まれてくれたのですが、やはり双子のせいか周りと比べて成長がやや遅いように感じるので、懇意にしている馬主の方々に見ていただいても良い返事がもらえません。珍しいので楽しんで見ていかれるのですが、いざ買おうかという話しにになると中々手を伸ばそうという気にはならないようで 。それでもうしばらく成長を見ようということで、今回お見せする馬の中に入れなかったんですよ 」
場長の説明をいて納得すると、改めて双子の仔馬たちに目を向けると2頭ともこちらを見てじっとしていた。
「見せてもらってもいいですか」
仔馬たちに興味を持って確認を取ると「はい、構いません。ただ、ヒメは触る時に注意してください。ジーは大人しいので大丈夫ですが、ヒメはかなり警戒するんで」
ジーとヒメの名前を聞いて
「この2頭の名前ですか?」
「はい、そうです。 白毛の姉の方がヒメ。弟の方がいつも、じっとこちらを観察するように見続けるのでジーと呼んでいるんです」
2頭の説明を聞いて浅葱オーナーは改めて警戒しながらまず、おとなしいというジーから見せてもらおうとしたした。すると、ヒメが突然怒り出して浅葱オーナーに飛び掛かろうとしてきた。
慌てたスタッフが飛びかからないように抑えたが、突然のことに浅葱オーナーも驚いていた。ヒメをスタッフがなだめていると大人しくなってきたので改めてジーに近づいて触ろうとすると、ヒメがまた暴れ出した。
その姿を見て自分が先だと言ってるように感じて、先にヒメ近づいて鼻先を撫でてやった。するとヒメは暴れていたのが嘘のように大人しく触られるままになっていた。
大沼場長は驚いていた。買いに来た他のオーナーや調教師が触ろうとしても、初めて見た人に対して警戒して近づけようとしなかった。
自分から寄ってくるヒメの姿を見るのは初めてだったからだ。
「 驚きました。初めて見る相手にこんなに大人しく触らせてくれるなんて」
驚きを伝えると
「そんなに驚くほどですか?」
その疑問に対して大沼場長は今までに姫に触れようとした人たちに対してのヒメの反応を説明した。
「この姿を見ると、とても信じられませんね」
大人しく浅葱オーナーになでられる姿はとても今まで人を近づけて来なかったのが嘘のような姿だった。
ヒメはその後、満足したのか自分から離れてジーに近づく浅葱オーナーに怒ることもなく大人しくしていた。
ジーを見せてもらっている間も大人しくしているヒメを見て大沼場長は
「 見に来たオーナーに2頭を見せてこんなに大人しくしているのは初めてです。どうでしょう浅葱オーナー。馬を買うという話ですが、こちらの2頭はどうですか」
大沼場長は初めて牧場に来て、馬主になったばかりの浅葱オーナーに売る気はなかったが、浅葱オーナーにこれだけ懐いている姿を見て、浅葱オーナーなら売ってもいいのではないかと自然に話しかけていた。
浅葱オーナーもその言葉を聞いて考えた。
珍しい双子でおまけに、白毛の馬という二度とないだろう機会に巡り合えたのだから、これは買うべきだと心が傾いた。しかし、かなりの額になる買い物なので心を落ち着けて考え始めた。
冷静に考えると、確かに珍しくもう二度とない機会ではある。しかし、 双子は走らないと関係者の間では語られている。
そして今までに牧場に訪れている、長年競馬に携わってきた人が買おうとしない。
ペットとして買うわけではないのだから、いくら珍しくて自分に懐いているとしても、将来に不安がある馬を買うのは馬主としてどうだろうかと考えて、買うのはやめようと田中場長の申し出を断った。
大沼場長も薦めはしたが絶対に売ろうと思っていたわけではなかったので、そこでこの話は終わった。その後、他の馬を見せてもらいとりあえずその日は馬を買うことはなかった。いろいろと勉強させてもらってありがとうございますとお礼を言って、後日また見せてもらいますと言って浅葱流真は牧場を去った。
「ただいま」
浅葱流真は北海道での牧場の見学を終えた後1泊して次の日に自宅へ帰ってきた。
「おかえりなさい 。牧場の見学はどうでしたか」
「ああ、初めて見せてもらったけど色々勉強させてもらったよ。それにとても珍しいものを見ることができたんだ」
「珍しいものですか?」
妻の浅葱摩耶は、牧場で夫が見たという珍しいものに興味を持った。
牧場で見た双子の馬の事を話そうとした時
「パパお帰り」
「お父さんお帰りなさい」
2人の娘が帰って来た浅葱流真にを迎えた。
浅葱流真の家族は妻の浅葱摩耶。長男の九十九。 次男の恭也。そして双子の長女と次女の菫と葵の6人家族である。
「 ただいま。、ほら、お土産だ」
北海道で買ってきた競走馬のぬいぐるみを2人に渡した。2人はぬいぐるみを渡されると喜んで部屋に戻って行った。
その後、家族での食事を終えてゆっくりとした時間を過ごしていると、妻の摩耶は先ほど聞いた牧場で珍しいものを見せてもらった話を思い出して何の話だったのかを聞いてきた。
浅葱流真は娘達とのやり取りで途中で話しが止まっていたことを思い出して続きを話し出した
「牧場で馬を見せてもらったんだがそれが双子の馬でおまけに1頭が白毛の馬だったんだ」
摩耶は馬の知識がなかったのでそれがどれくらい珍しいのかは分からなかったが夫の話し方から相当珍しいのだろうと思った。
すると横で会話を聞いていた葵が
「双子って珍しいの?」
と自分も双子なので、馬の双子に興味を持って話しの中に入ってきた。
「とても珍しいんだ。世界中でもほとんどないし、白毛の馬だなんて多分1頭もいないんじゃないかな」
流真は娘の質問どれだけ珍しい事なのかを丁寧に説明した。さすがになぜ双子が産まれることがほとんどないのかの説明はしなかったが。
さらに流真は牧場で撮らせてもらった双子の写真を家族に見せた。写真を見た家族はその可愛さに目を奪われた。特に葵はその双子の写真を見てその可愛さに興奮して
「私も会いに行きたい」
と父親におねだりしたが、さすがに牧場に競走馬の子供を娘が見たいから見せてくださいなどと言うわけにはいかないので
「見に行くのはちょっと難しいな」
と言った。
葵がそれでも見に行きたいと言い続けていたが、横で聞いていた長男の九十九がふとつぶやいた
「親父は競走馬を買いに行ったんじゃないか。そんなに珍しい馬だったら買おうとは思わなかっのか」
そもそも牧場に行ったのはレースで走らせるための競走馬を買うためであり、そのために馬を見せてもらったのだから、それほど珍しい馬だったら買おうと思わなかったのかと疑問を持った。
「パパ馬を買うの、それじゃあその双子を買ったら会いに行けるよね」
葵は兄の言葉を聞いて、父親が馬を買ったらいつでも会いに行けると思い喜んだ。
流真は馬を買うと思って喜んでいる娘の顔を見ながら答えた
「ペットとして飼うために馬を見に行ったんじゃないんだ。競馬でレースに走らせるための馬を買いに行ったんだよ」
と娘に説明した。
そして、九十九の質問に対して
「牧場の人には買わないかと勧めてもらったんだが、競馬の世界で双子は昔から走らないと言われているんだ。だからレースで勝つのが難しいと言われている馬を買うのは躊躇して買えなかったんだ」
「双子は速く走れないのか?」
「双子はダメだというのが昔から常識と言われているからな」
流真は後に、この会話が自分の人生を変える一言だったと思い返すことになる。
「双子は駄目なの?」
それまで横で静かに聞いていた次女の菫がボソッと放った一言に家族は一斉に顔を向けた。
「双子ってそんなに駄目だって言われているの?」
菫は声を落としながら父親に質問をした。
菫は横で話を聞いていたが、父と兄の会話の難しい部分はよくわからなかったが、2人の双子は駄目なのだという部分が強く印象に残り、ショックを受けていた。
2人が話していたのは馬の話であって、もちろん人間に対して言っているわけではない。だが、だが真剣に双子は駄目だと話している父と兄の会話を聞いて、ショックを受けながら父親に話しかけた。
横で聞いていた葵も菫の言葉を聞いて双子は駄目なんだと言っていた父と兄の話しを聞いて不安そうな顔をしていた。
流真は双子の娘達の前でこの話しをしたことを後悔した。まだ小学生の子供達の双子は駄目などと言う会話をするべきではなかったのだ。
改めて娘たちこれは馬の話であって人間とは違う話なのだと丁寧に説明した。
だが、まだ小さい娘達は双子が駄目だと言われたことにショックを受けて、なかなか納得してはもらえなかった。
その日は娘たちは納得はしてくれなったが、一応落ち着いてくれたので、その日のところは、お開きになった。
娘達に泣かれてからしばらく経った。
浅葱流真は悩んでいた。娘達とはその後も話しをしたが、娘達が目に見えて落ち込み続けており、どうすれば元気になってくれるかと悩み続けていた。
何日も悩み妻とも相談して浅葱流真は考えていた事を決断すると、すぐに以前訪れた牧場に電話をかけた。
「はい大沼です」
電話の相手は場長の大沼であった。
「もしもし浅葱ですが、先日はお世話になりました」
浅葱流真は挨拶もそこそこに本題に入った。
「 先日見せていただいた双子の馬ですが、まだオーナーは決まっていないですか」
「ええ。まだ決まっていませんが」
「一度は断らせて頂きましたが私に買わせて貰えないでしょうか」
大沼場長は以前話した浅葱オーナーの雰囲気から珍しいというだけでは馬を買ったりしないだろうと感じていたのだが、また双子を買いたいと電話をかけてきたことに驚いた。
「実は」
浅葱オーナーは理由を話し出した。
浅葱オーナーは双子の馬を牧場で見せてもらい家に帰った後、家族の会話の中で双子の娘達とその話をすると、双子の馬は走らないと言われていることを聞いた娘達が落ち込んでしまった。
困った浅葱オーナーは責任を感じてなんとか娘たちを元気にさせようと考えた結果、双子の馬を買えないかと考えたのだ。オーナーになれば娘達をに会わせることができる。そして可能性は低いが勝ち上がる事ができたなら、双子だから駄目と言ってしまった言葉を否定して娘達も元気を取り戻してくれるのではないかと考えたのだ。
「それは大変ですね。しかし、いいのですかそのような理由で所有する馬を決めても」
家庭のことに口を挟むことではないが、 競走馬を買うのはかなりの額になるので忠告をした。
「馬主になって初めて訪れた牧場で双子の馬に出会えた。その上双子の馬を買わないかと薦めて頂いた。買わないと決めたのに、また買わせてもらいたいと電話をかけさせて頂いている。 回り道をしましたが、これも縁だと思って買わせていただけないでしょうか」
馬主になれば必ず1頭は馬を所有しなければならない。浅葱流真は、それならば、この馬達と縁があったのだと思い、買おうと決意した。
「分かりました。お売りします」
すでに買わないかと一度は薦めていたし、その後も何人かに見せていたが買いたいという人はいなかったので、大沼は売ることを了承した。
こうして、紆余曲折はあったが牧場で産まれたジーと姫は浅葱オーナーに買われて競走馬となるの道を歩むことになった。




