34話
東京競馬場10レースも終わり土佐騎手と加賀騎手はジョッキールームで次のレースに備えて休んでいた。
「いよいよダービーだな」
「久しぶりのダービーで緊張してるのか」
「いや、久しぶりで緊張するかと思ったがやっぱり乗れる嬉しさの方が上だな。こうしてダービー当日に東京競馬場でレースに乗れるだけでも嬉しいと思っていたが、やっぱりダービーに乗れる喜びには勝てないな」
土佐騎手はクリヤカプチーノで日本ダービーに騎乗する。
決して人気馬では無くオーナーも初めてダービーに
馬を出すことができたと喜んでいるレベルの馬だ。
しかし、初めてダービーに乗ってからダービー当日をダービーの騎乗馬はをなくレースを眺めているだけの日や、別の競馬場でテレビでダービーを観戦した時の気持ちを知ってしまうと上位人気馬ではなくてもダービーに乗れるという喜びは騎手として代え難く感じる。
「そういう高敏こそ緊張してるんじゃないのか。
俺と違って十分に1着を狙える馬に乗るんだ、ファンの期待も大きいだろう」
「おいおい何回ダービーに乗ってると思ってるんだ、今更緊張なんてするわけ無いだろ」
「これはお見それした。俺の戦績じゃあとても言えないよ」
そう言うと2人は我慢できずに声を出して笑った。
「だがさすがにあいつは緊張してるだろうな」
そう言うと土佐騎手は端に一人で座ってレースを待つ陸奥騎手に目を向けた。
「昼間の騎手紹介の時はいつも通りだったがさすがにレースが近づいてくるといつも通りというわけにはいかないようだな」
「日本ダービーで断トツの一番人気だからな、ここまでの人気を背負ってG 1に乗るのは確か初めてだろう」
土佐騎手は昔G 1で圧倒的な一番人気に乗った時の緊張を思い出した。
コースから見上げたスタンドのファンや競馬場には来ていない画面の前の全国の競馬ファンの大半が自分が勝つと思って馬券を買っている。
レース前のパドックで単勝1倍台の数字を見た時は今までにはないプレッシャーを感じた。
新馬戦や1勝クラスの一般競争で1倍台のレースに乗ったことは何度かあったが、G1で1倍台レースに望んだ時の緊張感は別物だった。
レースには勝ったが、ゴールを駆け抜けた瞬間に湧き上がったのは勝った喜びではなく勝たなければならないという責任を果たした安堵の気持ちだった。
ダービーはジンライフウレツとシックルウイーズルの2頭の勝負になると予想する人たちが多く人気が集中している。
さらにカナヅルコトヒメの活躍で競馬に興味を持った新規のファンが姉弟のジンライフウレツを応援して馬券を買っているのか少しずつ単勝の倍率は下がりつつある。
「このままだと1倍台になりそうだな」
「外から見てる分には面白いが乗る側はたまらんな」
これからレースに乗る光輝にとっては負けられない戦いだろう。だが、一緒にレースに乗る自分たちも負けていいとは思っていない。
どんなに実力が劣っていると言われてもダービーに乗る以上、全員が勝ちたいと思ってレースに臨んでいる。
土佐騎手も加賀騎手もこの日の為に備えてきた。
あとは本番を待つだけだ。
そしてレースの時間が近づいてくるとジョッキールームに待機していた騎手がちらほらとパドックの方へと向かって行った。
それを見た土佐騎手と加賀騎手も調教師とオーナーが待つパドックに向かう。
そして全員がパドックに向かうと最後まで部屋の中にいた陸奥騎手もゆっくりと立ち上がり赤城調教師と浅葱オーナーのもとに向かった。




