31話
栗東トレーニングセンターでジンライフウレツの最終追い切りが行われていた日、美浦トレーニングセンターでも日本ダービーを前に土佐騎手がシックルウイーズルの最終追い切りを行っていた。
「問題なさそうだな高敏」
「ああ、これなら自信を持ってレースに挑めるよ」
土佐高敏騎手は叔父の土佐正敏厩舎のシックルウイーズルで日本ダービーに騎乗する。
シックルウィーズルは朝日杯フューチュリティステークスで2着、皐月賞でも2着と好走を続けておりダービーの本命の1頭に上がっている。
「朝日杯、皐月賞と2着続きだったが日本ダービーにそのまま騎乗させてもらえるんだからオーナーの期待に答えないとな」
シックルウイーズルは土佐調教師にとっても久しぶりにダービーを狙いに行ける馬を預かることができたので、デビュー前から大切に育ててきた期待の1頭だ。
調教も順調に進み万全の状態で新馬戦に臨んだ。
土佐調教師も土佐騎手も余裕を持って勝てると思っていたのだがそこに立ちふさがったのがジンライフウレツだ。
新馬戦でジンライフウレツと初めて対決し、まさかの2着に終わった。
陣営もこの結果には驚きを覚えた。
栗東で双子の馬がデビューするという話題は美浦にも流れてきていた。
ただ、こちらに流れてきた話しは双子が走る、1頭は白毛の牝馬だという珍しさが先行しており実力に関してはほとんど分からなかった。
レースが近づくと能力は高そうだという噂も流れてきたが、物珍しさもあって話に尾ひれがついているのではないかというのが美浦の調教師の共通の認識だった。
シックルウイーズル陣営はジンライフウレツを過小評価していた訳では無いがシックルウイーズルの出来に自信があった分、新馬戦での2着にはショックが大きかった。
その後、未勝利戦を危なげなく勝利し能力の高さを示すことはできた。
しかし、続く朝日杯フューチュリティステークスでは2着となりG 1 を取ることはできなかった。
年を開けて共同通信杯を勝利し初めての重賞勝利を上げ弾みをつけて皐月賞へと向かった。
クラシック第一線の皐月賞ではジンライフウレツが3着、シックルウイーズルが2着と初めてジンライフウレツに先着することはできたがレースは2着に敗れた。
あと一歩勝ちきれないレースは続いていたが、土佐騎手が騎乗する為ダービーでは期待される1頭に挙がっている。
例年なら期待を込めて一丸となってダービーを目指そうという雰囲気になるのだが、今年はピリピリとした空気が隠せなかった。
「もう1年早く産まれていてくれたらなあ」
土佐調教師は赤城厩舎のジンライフウレツが同じ世代にいることにため息をつきながら嘆いた。
皐月賞で先着はしたが、ジンライフウレツは途中で不利を受けた結果の3着だった。
関係者の間では不利がなければ1着になっていただろうと言われているが土佐調教師も土佐騎手も言葉には出さないが同意見だった。
現時点での能力は シックルウイーズルよりジンライフウレツの方が上だろうと。
その為、日本ダービーの優勝争いはできるとは思うが普通に走れば勝てるような余裕のあるレースにはならないだろうと感じていた。
馬の仕上がりは問題ないのに不安がなくならない。
今年こそは高敏とダービーを取れる馬と巡り合えたと思ったのだがな。
土佐調教師も土佐騎手も日本ダービーには並々ならぬ思いがあった。
周りの関係者もそれを知っているためにシックルウイーズルがデビューする前から来年のダービー候補に取り上げられていた。
しかし、新馬戦、朝日杯フューチュリティステークスとジンライフウレツとの2度の敗北から風向きは変わっていった。
昔からのファンは土佐騎手とシックルウイーズルを応援する声もまだまだ多いが若いファンは陸奥騎手とジンライフウレツを応援する声が多かった。
「おじさん、そんな心配しないでくれよ」
「高敏」
「有力馬に乗れない年だってダービーを負けていいなんて思って乗ったことは一度もないんだ、今年も勝つことを諦める気はないよ」
土佐騎手は決して強がりではなく勝つ事を諦めていないという目で告げた。
その目を見て土佐調教師は自分の頬を叩いて弱気になった自分に気合を入れ直した。
「そうだな負けを認めるのはまだ早い、競馬に絶対はないんだからな」
馬を任せてくれたオーナーの思い。
シックルウイーズルの将来。
そして高敏と自分の日本ダービーを勝ちたいという思い。
走る前から諦めるわけにはいかない。
高敏は勝つために全力を尽くそうとしている。
ならば調教師として自分にできることを後悔のないようにしっかりやって最高の状態でシックルウイーズルを日本ダービーに迎えさせることだ。
残り数日の日曜日まで気を抜かないように改めて気合いを入れてシックルウイーズルの下に向かった。




