29話
コトヒメが3着でゴールを駆け抜けると大和騎手は 手綱を引いてスピードを落とした。
一度は先頭に立ち見せ場を作ることは出来たが後ろで脚を貯めていた2頭には太刀打ちできず追い抜かれてしまった。
しかし3着争いで並ばれ抜かれたと思ったがゴール前で差し返して3着に入ることができた。
その根性を見てやっぱりすごい馬だなと思いながら コトヒメを労った。
「どうだった3着には入れたのか」
「分かりません、多分3着には入れたとは思うんですけど判定待ちです。1着はどちらだったんですか」
「カメオが頑張ってくれたよ」
優勝したのは陸奥騎手が騎乗するシェルカメオだった。
「オークス優勝おめでとうございます。今年の初G 1ですね」
「ああ、ありがとう。俺もオークスを勝つのは初めてだからな。来週のダービーへの弾みになるよ」
陸奥騎手は初めてのオークスの勝利を喜びながら来週の日本ダービーへの自信を高めていた。
「飛鳥も3着に入っていたらG1で初めての馬券圏内だな。良いレースができたんじゃないか」
大和騎手は少しムッとした気持ちが顔に出た。
優勝した陸奥騎手に良いレースをしたと言われて嫌味の様に聞こえてしまいその思いが顔に出てしまったのだ。
「そう怒るなよ2度目の G 1、初めてのオークスで3着に入ったんだから十分な結果だろ。3年目でまだ 重賞を勝ったことがない騎手がこれだけのチャンスのある馬に乗って結果を出しているんだからもっと 素直に喜んだらどうだ」
陸奥騎手に言われて冷静になると初めてのオークスで3着に入れたのだから充分な結果は出せている。まだ重賞を一度も勝ったことがない騎手が人気以上の着に入ったのだから褒められる着順だ。
一度は先頭に立ってひょっとしたら勝てるんじゃないかと思ったために自分が本命であるかのように思い込んでしまったが、周りの評価はひょっとしたらあるんじゃないか程度で1着になるとは思われていなかった。
恥ずかしい気持ちが湧き上がり言葉が出ず、短い 空白の間ができると横から土佐騎手が声をかけてきた。
「飛鳥、話しが終わったなら早く戻るぞ。
続きはレースから戻った後にしないとお客さんが待ってるからな」
土佐騎手に言われて慌ててコトヒメを促し他の馬について行き地下馬道へと向かう。
そして陸奥騎手はウイニングランをする為に観客席の方へと向かう。
地下馬道に入ろうとした時、大きな声援が聞こえシェルカメオと陸奥騎手が観客席の前を走るのが分かった。
G 1を勝った馬と騎手だけが体験できる瞬間。
僅か数秒の差でその瞬間を味わえるかどうかが決まる。
いつか自分も観客席の前でウイニングランができるのか。
大和騎手は地下馬道を降りるコトヒメの背中で今日のレースで何かできることはなかったのかを振り返りながら思いに耽った。
馬主席から家族と共に応援していた浅葱オーナーはレースが無事に終わってほっとしていた。
最後の直線で先頭に立った瞬間は娘達も興奮して応援に力が入っていた。その後、抜かれてしまうと残念そうな声をあげながら肩を落としていた。
抜かされた時点でもう1着はないと思いながらもコトヒメは最後まで頑張って走ってくれたため、最後は3頭でほぼ同時にゴールに入った。
写真判定で掲示板の3着にコトヒメの番号が表示されると3着以内に入ってくれたことを喜んだ。
負けたことは残念だがここまでレースを走ってきて 全て掲示板内であり今回も3着に入ったのを見て少しずつ強くなっていくのを感じた。
赤城調教師の言葉通り大和騎手とコトヒメの成長を数字でも実感して秋からのレースが楽しみになる 結果だった。
一方、菫と葵ががっかりしてる横で息子の九十九は妹に声もかけずにレースの映像を眺めていた。
「うちの馬が勝てなかったんだからもう少し悔しがったらどうなんだ」
「 1着になれなかった悔しさはあるけど俺としては3着に入ってくれたのは大健闘だよ」
そう言ってポケットから何かを取り出すと右手で何かをかざした。
何かと思って見るとオークスの馬券だった。
陸奥騎手のシェルカメオ、土佐騎手のシャンプー ラブ、そして大和騎手とカナヅルコトヒメの三連単とワイドの馬券だ。
「シェルカメオとシャンプーラブは1、2番人気だけどカナヅルコトヒメ5番人気だったから結構いいオッズがついてくれたよ」
笑いながら馬券が当たったことを報告する息子に
「応援で馬券を買うならコトヒメを1着で買うべきじゃないか」
三連単の馬券を当てたのはすごいと思うがコトヒメを1着にした馬券は1枚も買っていないようだった。
「ちゃんと買ってるよ」
そう言って単勝の馬券を見せた。
父親の持ち馬が出るので応援として1枚は買っていたのだ。
しかし、1着はさすがに望み薄だろうと思って1着2着は他の馬で固定し、うまく乗れたら3着に来るのではないかと1枚だけ3連単を買っていてそれが見事に的中したそうだ。
「新聞やテレビの評価を見ても親父からのコトヒメの調子を聞いても1着は厳しいだろうなと思ったからね」
「妹が怒るぞ、コトヒメが1着になれないと思っていたなんて知られたら」
「それじゃあこれで何か買って許してもらわないとな」
来週のダービーはジンライフウレツを1着で予想するから安心していいと一言告げると落ち込んでいる妹達の下に向かった。
その背中を見ながら熱中して応援するのも負けた時は大変だが、勝ち負けはまた別だと割り切っているのもまた寂しいものだと思った。
そんな息子の一面を思いながら走り終えたジンライフウレツと赤城調教師のもとに向かった。




