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悠久の流水  作者: 中山


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28/37

28話

オークスに出走するためカナヅルコトヒメは東京競馬場に前日輸送された。

輸送も慣れたものでカナヅルコトヒメは問題なく馬房でレースまでの時間を過ごしていた。


馬房で過ごすコトヒメは食事の時間になると桶の中に顔を入れて一心不乱に食事を始めた。

「今回も食欲は落ちていないしレースも問題なさそうだな」

様子を見に来た赤城調教師もいつも通り北上厩務員に世話をされながらリラックスするコトヒメの姿に満足しながら餌を食べ続ける姿を見つめていた。

「北上もだいぶ慣れてきたな」

「G 1に出るのは2回目ですしデビューから関西よりも関東で走るレースの方が多いですから遠征の経験は積ませてもらってますから」

「確かに関西で走ったのは黄菊賞だけで後は全部関東のレースだな」

「取材も多いですから毎日コトヒメの質問をされてコトヒメの事は厩舎で1番詳しくなったと思いますよ」

最初はコトヒメと比較的相性が良いという理由で担当になった北上厩務員も今ではコトヒメの世話を当たり前にこなす様になっていた。

調教では飛鳥以外の騎手や調教助手が乗っても大丈夫になってきたのに普段の世話を他の厩務員がやろうとしても機嫌が悪くなり危ないということで北上厩務員がそのまま担当になっていた。

赤城調教師も若い北上厩務員に任せる事に不安もあった。

先輩の厩務員も大丈夫かと心配していたが自分がやると言うにはためらう気性だったために周りも積極的に手をあげなかったために赤城調教師が押し切った形になった。

上手くいけば良し、駄目だったらその時はまた別の案を考えようと半分開き直っての人選だった。

「1年も経ってないがもう戦友と言っていいような 仲なんじゃないか」

「戦友というには一方的に使われてる気がしますけど」

北上厩務員にとってコトヒメとの関係は複雑だ。

大和騎手とコトヒメのコンビと供にデビュー戦からレースを戦ってきた。

大和騎手がコトヒメと一緒に戦っている姿は相棒という表現がしっくりくる。

大して自分とコトヒメの関係は戦友と呼べるような対等の関係ではなく姫君と従者の関係に感じる。

コトヒメから見たら世話をしてもらっているのではなくみんな自分の身の回りの世話をやらせてやっていると思っているのではないか。

そう思えてならない。

「お姫様の機嫌を損ねないように仕えている従者の気分ですよ」

「それじゃあ姫様にファンの前でしっかりと走ってもらえるようにお世話しないとな」

「ジンライフウレツぐらい厩務員に優しくして欲しいんですけどね」

北上厩務員に首を撫でながら声をかけられても気にも止めずコトヒメは食事を続けていた。




そしてオークス当日、パドックを北上厩務員に曳かれながらコトヒメが周回するなかパドックの中では赤城調教師と浅葱オーナーがレースを待っていた。

「今日はご家族で観戦ですか」

「ええ、子供達を連れて日曜日に関西の競馬場への応援は難しいですから。関東のレースは一緒に行ける時は全員で応援に来ようと決めていまして」

「まだ学生では頻繁に関西に行くのは難しいでしょうからね」

「ですから今日のオークスと来週の日本ダービーには全員で応援に来ようと思っています」

ジンライフウレツが勝った朝日杯フューチュリティステークスは阪神競馬場でのレースだったので家族は来ておらず浅葱オーナーだけで応援に行っていたため口取り写真を家族で撮ることはできなかった。

「コトヒメもジンライフウレツも順調に仕上がっています、アクシデントさえなければ悪いレースにはならないでしょう。

特にジンライフウレツは来週のダービーでも一番人気になるでしょうからがっかりさせるようなレースにはならないと思いますよ」

赤城調教師は自信を持って言い切った。

お世辞ではなく年が明けてからの2頭の調教は順調に進み春のクラシックは良い結果が期待できると楽しみにしていた。

弥生賞はコトヒメが体調を崩したため出走回避となったがフローラステークスで納得のいくレースをして2着に入り、ジンライフウレツも皐月賞では惜しい3着と結果を残してきた。

飛鳥もフローラステークスで優先出走権を手に入れてのオークスの出走に自信を持っている。

コトヒメとコンビを組むようになって話題になった結果、乗鞍も少しずつ増え前年よりも勝ち星は増えている。

オークスが春に大和騎手が乗る最後の大きなレースになるのでいい結果を残して夏競馬を迎えさせたい。

師匠としての思いを胸に秘めながら赤城調教師はパドックを回るコトヒメを見つめていた。


そしてレースの時間が来ると騎手達が一斉に走りながらそれぞれの馬の元へと向かって行く。

大和騎手がコトヒメに騎乗して周りを見渡すと浅葱オーナーの家族の姿が見えた。

菫ちゃんと葵ちゃんも見に来ているから頑張ろうね。

言葉には出さずコトヒメの首を撫でながら心の中で願いながら前の馬について行き地下馬道へと向かった。

地下馬道に入り姿が見えなくなると浅葱オーナーもパドックで眺めていた家族と共に馬主席へと向かった。




コースに入り返し馬も終わるとゲート前で輪乗りをしながらレースの始まりを待つ。

ファンファーレが鳴ると歓声が上がりいよいよレースの時間が来た。

G 1レースはこれで2度目だがホープフルステークス より多くの観客が来場しておりレース前だというのにいつものレース以上のファンの熱気を感じた。

観客の声援に反応して周りの馬が何頭か入れ込んで騎手が抑えようとしているのを見てコトヒメが入れ込むのではないかと心配したが、コトヒメは全く動じずいつも通りの姿を見せてくれていた。

そしてゲートに入る順番が来たので促されながら2番のゲートに入りスタートの合図を待つ。

一番外枠の馬が入り観客の声援も静まっていく。

馬に緊張が伝わらないように焦らずじっと待つ。

そしてゲートが開きコトヒメを促しゲートを飛び出しレースが始まった。


ホープフルステークスでは予定外の逃げを打ったが思ったよりもスタミナが持ち惨敗せず最後まで走り切ってくれた。

今回のレースでもスタートが良ければ無理に後ろで抑えようとしないで逃げてもいいと赤城先生からは言われていた。

内枠で良いスタートを切れたのでそのまま前に行き先頭に立とうと思ったが、大外の2頭が一気に加速し前についた。

2頭に付き合って先頭争いをするわけには行かないので抑えると更に2頭が前に行きコーナーへと入って行った。

そのままコーナーを回り先頭の2頭が逃げ、6馬身程離れた位置に2頭が続く。コトヒメはそこから更に2馬身離れた馬群の先頭でレースを進めていく。

予定通り前につけることはできたがこのままのペースで大丈夫なのか確信が持てずに前についていく。

先頭の大逃げを打った2頭は最後まで持たないだろうが前を行く2頭のペースについていって大丈夫なのか。

一瞬迷ったがコトヒメを見ると掛かる事もなくリラックスして走っている。

コトヒメと折り合いがとれているのを確認してこのままのペースで行くことを決めた。


向こう正面から3コーナーを回ると後方で動く気配を感じいよいよレースが動き始めた。

思ったよりも早いペースになっているので最後まで脚が持ってくれるか不安になりながら前について行きタイミングを計る。

そして第4コーナーを回ると縦に伸びていた全頭が加速を始め集団になり最後の直線勝負へと入っていった。


大和騎手も鞭を入れコトヒメに合図を送るとコトヒメはすぐに反応し加速する。

周りの馬も鞭を入れられ最後の直線をゴールに向かって加速していった。

残り400で先頭を走っていた2頭は力尽きて速度を落としコトヒメと前の2頭が追い抜いていく。

そのまま 加速していき200の時点で更に2頭を追い抜きコトヒメが先頭に立った。

大和騎手は先頭に立ったコトヒメに鞭を打ち、コトヒメの走りを助けながら全力で逃げる。

観客の声援も大きくなる中、先頭でゴールを目指す。しかし、コトヒメにできたのはそこまでだった。


残り200で内から1頭がコトヒメに迫る。

内側の気配を感じると外からも追い込んでくる気配がした。

追い抜かれないようにコトヒメを促し全力で走るが残り100で並んだと思った次の瞬間には内と外から抜かれていた。


観客の視線は2頭の先頭争いに集中する。

しかしコトヒメと大和騎手のレースはまだ終わっていない。

大和騎手は前の2頭を気にする間もなく、外から2頭が追い込んでくるのを感じる。 

並ばれて追い比べとなり全力でコトヒメは走るが僅かに前に出られてしまい駄目かと諦めの気持ちがよぎった。

しかし、コトヒメはそこで諦めずゴール手前で差し返して前に出た。

そしてそのままゴールしハナ差で3着に入ることができた。


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