25話
カナヅルコトヒメは無事に回復し、フローラステークスを目指して再び調教が始まった。
その間に行われた皐月賞ではジンライフウレツは惜しくも3着に敗れ連勝はストップした。
しかし内容は悪くなく、そのまま日本ダービーを目指すことになる。
週末のフローラステークスを前にカナヅルコトヒメの最後の追い切りを終えて大和騎手が休んでいると別の厩舎の調教を終えた陸奥騎手が声をかけてきた。
「コトヒメの仕上がりは問題無いみたいだな」
「はい、病気明けで心配でしたけど弥生賞の前と同じくらい良い走りをしてくれてます」
一度体調を崩したためレースの間隔は今までで一番空いてしまっていた。しかし、その休養の間に更に成長して力強さは増しており、レースには万全の状態で臨むことができる。
「後はコトヒメの当日の機嫌と私次第ですね」
弥生賞と違いフローラステークスは牝馬限定のレースになる。
「弥生賞と違って同じ牝馬ですしコトヒメの実績なら2着に入るのは無茶な目標ではないと思うんで弥生賞よりは気が楽ですね」
フローラステークスに出ると決まった時は絶対に いい結果を出さなければいけないと固いところが見られたが こうしてレースが近づいてきた方がむしろ緊張がほどけてきている様に感じた。
何か緊張しない秘訣でもあるのかと聞いてみると
「考えてばかりいると負ける理由ばかり考えてしまうんでいいことを一つでも多く考えてレースを迎えようと開き直ることにしたんです」
周りの騎手の実績も実力もはるかに上。
ほとんど騎乗したことがない東京競馬場でレースに乗る。
「自分が不利な点を考えていったらきりがないので コトヒメを信じて乗ろうと決めたんです」
ホープフルステークスの前もそうだったが思った以上に図太い性格だったんだな。
コトヒメに乗るようになって新馬戦や初めてのG 1 に乗った時も最初は悩んでいてもすぐにいつも通りに騎乗して大きく崩れる所を見たことがない。
いつも通りの日常を送っている姿を見ると心配するのが馬鹿馬鹿しくなる。
「今回のレースは光輝さんも乗らないですしそれもプラスですしね」
陸奥騎手は同じ日に京都競馬場で行われるマイラーズカップに騎乗する為にフローラステークスには騎乗しない。
トップジョッキーが1人居ないことも気を楽にする要因とプラスに考えていた。
陸奥騎手はそんなに評価してくれるとは自信になるなと笑いながらふと思った。
ここで負けてもオークスに出られる可能性はあるんだぞと告げたらどうなるだろうかと。
今は2着に入らなければいけないと覚悟を決める事が良い方向に作用している。そこに2着に入らなくても大丈夫だと言ったらどうなるのか。
余裕が出来ていい騎乗をするのか、緊張感が途切れて調子を崩してしまうのか。
ふと頭をよぎったが直ぐに打ち消した。
ちょっとした意地悪で飛鳥が調子を崩したら迷惑を被るのは浅葱オーナーや赤城先生だ。
それにここで結果を出すことがコトヒメの将来にも関わってくる。
陸奥騎手は思いついた事を顔にはださず、そんな事を考えたお詫びの気持ちも込めて大和騎手にフローラステークスどうやって乗るかのアドバイスをした。
フローラステークスを週末に控えて赤城調教師と浅葱オーナーはカナヅルコトヒメの今後について話し合っていた。
「休み明けは走らない馬もいると聞くので不安でしたが素人目にも調子は良さそうですね」
「かなりいい出来です。5ヶ月ぶりのレースになりますがレースは万全の状態で臨めそうです」
思った以上にレースの間隔は空いてしまったが自信を持ってレースに出せるレベルまで仕上げる事が出来た。
赤城調教師もコトヒメの状態を見てこれで負けたならば馬のせいではないとい言えるぐらいに満足していた。
だからこそ浅葱オーナーに今回のレースの結果次第で騎手を交替させたい旨を伝えた。
「オーナーの考えでは飛鳥が大きなミスをしたり、あまりに着が悪かったりしない限り乗り換えは考えていないとのことでしたが、今度のフローラステークスで2着以内に入り優先出走権を取れなかった場合次のレースで騎手を変更したいのです」
「次からというとオークスですか」
この時期になるとオークスに出走を表明している馬が今年は少なくフローラステークスで2着以内に入れなくても抽選でも出れる可能性はかなり高くなっていた。
その為、浅葱オーナーはフローラステークスの結果にこだわってはいなかったのだが赤城調教師は逆だった。
「オーナーの判断はありがたいですが、弥生賞を出走回避してからの飛鳥の様子を見て思う所がありまして」
赤城調教師はフローラステークスにかける飛鳥の思いを述べながらこの機会を成長のチャンスにしたいと語った。
「フローラステークスはトライアルレースです。
オークスに出れなければ3着も最下位も同じ、飛鳥はそれぐらいの覚悟で臨んでいます。
それなのに負けてもオークスにコトヒメが出走してそれに自分も乗れるとなれば本人のためにならないでしょう」
優先出走権を取るためにトライアルレースに出て結果を残せなかったのならば騎手を変えられても仕方がない。
結果を出せなければ次がある保証はない。
赤城調教師は飛鳥が今後のレースに継続して騎乗できるかをかける気持ちで臨もうとしているのを感じていた。
だからこそ赤城調教師は負けた時には厳しく接するべきだと思い浅葱オーナーに次のレースへの継続騎乗の条件を提案したのだ。
「コトヒメも最初の頃に比べれば言うこと聞いてくれるようになっています。もし変えるのであれば加賀に任せてみたいと思っています」
加賀騎手にはコトヒメの調教でお世話になっているし、馬主になってからも親しくさせてもらっているので問題は無い。
「乗り代わった場合、大和騎手にはもう乗せないのでしょうか」
「加賀が乗って結果を出したら乗り替わりは無いでしょう。結果を出した騎手を降ろして理由も無く下の騎手に変えたら道理が通りません」
浅葱オーナーも悩んだが大和騎手の将来を考える赤城調教師の気持ちを組んでフローラステークスで2着以内に入れなかった場合の騎手の乗り替わりを了承した。
しかし、加賀騎手に代わっても成績が変わらなかったり悪かった時はまた大和騎手に戻したいという思いは伝えた。




