24話
カナヅルコトヒメの出走回避が決まってもそれで 他の馬の予定が変わるわけではない。
大和騎手も厩舎の所属馬の調教に乗る日々が続いていた。
コトヒメの回避した弥生賞も終わり調教を続ける中、陸奥騎手と土佐騎手の3人で休憩していると自然と話題はコトヒメの話になった。
「弥生賞は残念だったな」
「はい、けど深刻な病気ではなかったので切り替えて次のレースを頑張ります」
大和騎手も弥生賞に出れなかったことは忘れてコトヒメの回復を待っていた。
「コトヒメが出てたらいい結果を出せたかもしれないからな」
陸奥騎手は先日の弥生賞を思い出していた。
実際に走った内容からコトヒメの能力なら飛鳥が大きなミスをせずに乗れば3着には入れたんじゃないかと思っていた。
「光輝さんもそう思うんですか」
「ああ、コトヒメの調子は良かったからな。
飛鳥が上手く乗ればチャンスはあったんじゃないか」
「光輝さんも評価をしてくれるんですね」
「出れなかったのが悔しくなったか」
「そうですね、悔しさはありますけどトップの騎手から見てもコトヒメが強いと言ってもらえるのは自信になります。
光輝さんにそう言ってくれるぐらい成長してくれているならフローラステークスでは絶対にうまく乗らないとダメですね」
トップジョッキーのお墨付きをもらう馬に乗せてもらう以上結果を出さないといつ乗り替わってもおかしくない。
浅葱オーナーや赤城先生の期待に応えるために是が非でも2着以内に入ると気合が入っていた。
「あまり気負いすぎないようにな。
気合が空回りして悪い結果になったら元も子もないぞ」
「 すいません、けど次こフローラステークスで2着以内に入らないともう春のレースは出れないんです。次のオークスまで走れるかは次のレースの結果にかかっていますからどうしても力が入ってしまうんです」
飛鳥の言葉からはレースに挑む並々ならぬ決意を感じた。
しかし、その言葉を聞いた2人は違和感を感じたが互いに察して何も言わなかった。
その後、昼飯を一緒にどうかと誘ったが、取材があるとの事で断ると去って行った。
「何か言いたいことがありそうだったな」
大和騎手の去っていく背中を見ながら土佐騎手が何陸奥騎手に問いかけた。
「土佐さんもじゃないですか」
陸奥騎手もさっきあえて言わなかった事を尋ねた。
「飛鳥がフローラステークスで負けたらオークスには絶対出られないと思ってるんですかね」
「あの様子だとそうみたいだな」
フローラステークスで2着以内に入ればオークスの優先出走権が手に入る。
しかし負けてもまだ抽選での出走の可能性が残っている。
「弥生賞の前に皐月賞に出る為には絶対に3着以内に入らないと駄目だと言われて刷り込まれてるんですかね」
桜花賞や皐月賞のボーダーに比べるとオークスのボーダーはかなり低くなる傾向にある。
オークスは日本ダービーと同じ東京競馬場の2400mのレースで3歳の牝馬には過酷な距離のレースになる。
その為、出走する権利があっても回避してNHKマイルカップを目指すことも多い。
つまり今のカナヅルコトヒメの収得賞金でも出られる可能性は高いということだ。
「周りの厩舎の話を聞いていると今年の桜花賞組はオークスに行かずNHKマイルカップを目指す馬が多くなるんじゃないかって話だ」
「俺が聞いた話でも桜花賞に出れなかった馬もNHKマイルカップを目標にしているのが多いです」
「例年と比べてオークスを目標にしてる牝馬は少なく感じるな」
「そうなるとコトヒメがオークスに出れる可能性はだいぶ 高くなりそうですね」
「抽選になったとしても頭数は少ないだろう。
それどころかフルゲート割れで抽選無しになるかもしれないぞ」
2人はその辺りの事情を分かっていたので先程の大和騎手の余裕の感じられないレースへの意気込みをひっかかりを感じながら聞いていた。
「分かっていないのか忘れてしまっているのか、いずれにしてもこのままにしといた方がいいんだろうな」
「空回りしませんかね」
「せっかくやる気を出しているんだから放っておこう。藪蛇になるのも怖いしな」
「逆に今伝えたら知らなかった恥ずかしさで肩の力が下りるかもしれませんよ」
「光輝」
「冗談ですよ、それにオークスを抜きにしてもコトヒメにとっては2着に入るか入らないかで秋の予定はかなりかわりますからね」
「今後のレース選択を考えたらフローラステークスで2着に入って賞金を加算しておきたいところだからな」
普通のレースでは1着にならないと賞金は加算されないが、重賞の場合2着まで賞金が加算される。
そうすれば秋以降のレースの選択肢は格段に広がる。
「赤城先生もオークスの出走権以上に賞金加算を狙ってフローラステークスの2着以内に入りたいんだろうしな」
「オークスはまだ抽選のチャンスがありますけど賞金加算のチャンスはここしかないですからね」
フローラステークスで2着以内に入れなければ本番のオークスで2着以内に入るのは難しいだろう。
「赤城先生も色々と思惑があるから飛鳥には余計な事を言わないで2着に入る事だけに集中させているのかもしれないな」
色々な思惑を飛鳥に言ってもプレッシャーが大きくなるだけ。フローラステークスで2着に入れば全て解決するのだからそれなら2着に入る事だけを考えさせて余計な事を考えさせない。それが赤城先生の狙いなのではと土佐騎手は感じていた。
「いずれにしてもフローラステークスが終わるまでは余計な事は言わないように気をつけないとな」
陸奥騎手も了承して、周りにも注意しておこうと決めた。
「しかし光輝も余裕があるな、桜花賞の騎乗もあるし本命のジンライフウレツの皐月賞も控えてるというのに」
皐月賞はジンライフウレツに乗ることが決定しているが他のG 1も騎乗を予定している。
こうして飛鳥を気にかける余裕があるのは素直にすごいと思う。
「俺がお前ぐらいの時にG 1に乗る時は後輩を気にする余裕なんて無かったがな」
「結局やることは同じですからね馬に乗ってどうやって勝つかを考える。どのレースでも変わりませんよ」
陸奥騎手の倍以上の時間を騎手として過ごしてきた土佐騎手から見てもその言葉は強がっているようには感じられない。
こういうのを天才と呼ぶんだろう。
「まあ浅葱オーナーにとっては皐月賞が 久しぶりのレースになるわけだからしっかり走らせないとな」
「そうですね2頭の活躍で今年も1頭預かることになってますから赤城先生のためにもこの春は結果を残したいですね」
浅葱オーナーは馬主として最初の年に2頭を買ったがジンライフウレツとカナヅルコトヒメの活躍で家族も前向きに応援してくれているので去年のせりでも1頭を競り落としていた。
その馬が夏に赤城厩舎に入厩する予定になっている。
浅葱オーナーには今後も良い関係を続けられる様にジンライフウレツでの春のG1で結果を出そうと張り切っていた。
土佐騎手はその姿を見ていつも通りに見えても光輝にとってジンライフウレツは特別な馬なのだと感じた。
言葉には出さなくても光輝にとって忘れられない馬に出会えたのだろうと喜ぶ姿を目を細めて見守った。




