23話
出走するレースも決まりカナヅルコトヒメの調教は順調に進んでいた。
「今日もお疲れ様。後は綺麗にしてゆっくり休もうね」
今日の調教も終わりカナヅルコトヒメを褒める大和騎手の姿を見ながら羽黒調教助手はポツリと 「何で飛鳥は振り落とされないんだろうな」
と呟いた。
飛鳥が調教に乗れない日は自分か加賀騎手が調教に乗っている。
乗る前に嫌がって暴れることもあり、終わった後も振り落とされそうになるのに、なぜ飛鳥が調教する時には全く嫌がらないのか不思議でならない。
最初来た頃に比べたらマシになったが厩舎でどの馬が1番大変かと聞けば全員が同じ名前を挙げるだろう。
飛鳥が乗った時は気に入ったから乗せてやると言っているように感じるのに、自分や加賀が乗る時は乗せないといつまでも終わらないから仕方がなく乗せてやると言っているように感じる。
だから調教が終わった後に飛鳥が下りるときはおとなしいのに自分達が下りる時は終わったんだから早く下りろと振り落とそうとするのではないか。
最近は加賀とそんな話をしたりしている。
最近は光輝が乗ることもあるがやはり飛鳥が乗るのに比べると嫌がるそぶりを見せている。
騎乗技術なら自分たちの方が上手いのになぜ未熟な 飛鳥の方が嫌われないのだろうか?
自分達が拒絶される日々に首を傾げながらカナヅルコトヒメと飛鳥の姿を見ていた。
「まあ誰も乗れないような事態になるよりはいいか」
注目を浴び素質もある馬だが調教がまともにできなければレースでは勝てない。
それが少しずつでも改善されてきてはいるのだから 良しとしよう。
そう納得して羽黒調教助手は飛鳥に声をかけた。
「調教は順調に進んでいるが何か気になるところはないか」
「気になるところはないですね。何の問題も無いです」
「本当に飛鳥が乗る時だけは何の問題もなく調教が進むな。
直ぐに落とそうと暴れたり嫌がって動かなくなったり俺達が調教に乗ると問題が無いことの方が少ないのにな」
「ホープフルステークスでは少し掛かっていたので放牧から帰って来た時は心配でしたけど杞憂で済んで本当に良かったです。3歳になって更に成長してくれて次のレースが楽しみです」
「油断はしないようにしろよ。成長して多少は言う事を聞いてくれる様になってはいるが、パワーも上がって抑えるのも大変になる一方だ。
怪我をされて乗れなくなったらコトヒメの調教に影響が出かねないからな」
他のスタッフが調教を行う時には暴れたり嫌がって 予定通りに調教が進まない日もあるため飛鳥が調教に乗れなくなるとコトヒメの調教が進められなくなる恐れがあるため、飛鳥に調教から抜けられると困った事になる。
その自覚を持って他の馬に乗る時も気をつけるように言った。
コトヒメの調教の難しさはデビュー前から周りに知られていた。その為調教でよく騎乗している飛鳥にも注目が集まり他の厩舎からもで調教やレースに乗せてもらえる機会が増えていた。
「コトヒメのおかげで乗鞍が増えたけど結果を出さないとね 」
コトヒメの注目もあって騎乗する機会は増えているが結果を出さなければすぐに減ってしまうだろう。そうならないためにも与えられたチャンスを逃さずに結果を出して信頼を勝ち取ろうと決意を新たにした。
しかし思うように行かないのが競馬である。
弥生賞を1週間後に控えた日曜日、浅葱オーナーに赤城調教師から電話がかかってきた。
コトヒメのレースが近づいてきたので何かあったのかと電話を出ると予想していなかった知らせだった。
「熱発ですか」
「 はい、今日熱を測ってみたらいつもより体温が高かったので獣医の先生に診てもらいましたらおそらく風邪だろうと」
「コトヒメの様子は大丈夫ですか」
「 はい、咳や鼻水もなく少し熱が高いだけですし餌もいつも通り食べているので心配はないでしょう。」
それを聞いてほっとしたが、直ぐに来週のレースにに出れるのかが気になり聞いてみた。思った通り レースは回避した方が良いと告げられた。
「出走回避ですか」
「3歳でまだ体も出来上がっていないですしここで 無理をさせるのはコトヒメの為にもなりません。 残念ですが弥生賞は諦めましょう」
そう言われて琴姫の弥生賞は回避する事になった。
赤城調教師との電話を終えてコトヒメの病気と弥生賞に出れない事にガッカリしたが、同時に重い病気や怪我では無かったと事にほっとした。
切り替えて前を向こうと思ったがコトヒメのレースを楽しみにしている娘達に説明しなければいけない事を思い出しため息をついた。
電話を終えた赤城調教師がコトヒメの出走回避を伝え終わり電話を切ると深く息を吐いた。
「 何度やっても気が滅入るがオーナーには早く伝えないといけないからな」
オーナーも出走回避を了承したと聞いて大和騎手は肩を落とした。
無理もない、ここまで順調に来ていたし前評判も高かったからな。
何頭もお手馬を抱えている訳では無い飛鳥にとっては大きなレースに出れるのはコトヒメだけだ。
それが出走できなくなったのだから 落ち込むのも当然か。
「飛鳥、落ち込むのは分かるが切り替えて次のことを考えるぞ」
「次ですか」
「そうだ、収得賞金が足りない以上皐月賞に出るには抽選に通るしかないが今年の皐月賞はフルゲートで抽選は行われない可能性が高い」
今のコトヒメの収得賞金では皐月賞に出るのは難しい。
かといって病み上がりで皐月賞までに他のレースに出ても勝てる可能性は低いだろう。
仮に勝てたとしてもここで無理をして肝心の皐月賞でボロボロの結果になったら意味がない。
それならと切り替えてオークスを次の目標に考えていた。
確かに皐月賞に出るのが難しい以上次をどうするかを考えなければいけない。
大和騎手はそうなるとどのレースに出るべきかを考えた。
「オークスに出るにはやっぱり長い距離のレースを選ぶべきですよね」
「そうだな」
コトヒメは短い距離は向いていないと思い桜花賞ではなく皐月賞を選んだのだ。
その為に弥生賞への出走を目標にしたのだからオークスに出るためのステップレースも同じように2000m以上の距離を選びたい。
「そうなると忘れな草賞かフローラステークスですか」
「コトヒメがオークスのステップレースに走るならそのどちらかだな」
赤城調教師は大和騎手の答えに満足して頷いた。
忘れな草賞で賞金を加算してオークスの出走を目指すかG2フローラステークスで2着以内に入って優先出走権を手に入れてオークスを目指すか。
話し合った結果フローラステークスを目指すことになった。
リステッド競争の忘れな草賞よりG 2のフローラステークスの方がレベルの高い馬が集まるのでハードルは高いが2着までに入れれば優先出走権利を得られることが一つ。
もう一つはフローラステークスが東京競馬場で行われるレースである点だ。
弥生賞から皐月賞を目指したのも大和騎手の騎乗経験の少ない中山競馬場でのレースを経験させるためだった。同じ様にオークスと距離は違うが騎乗経験の少ない東京競馬場での重賞のレースを経験させておきたいという点からフローラステークスを選択した。
「忘れな草賞よりもフローラステークスの方が2週後に開催される。少しでも馬の成長を期待しよう」
そして最後にコトヒメの成長だ。
年が明けてからのコトヒメの成長をメキメキと感じていた赤城調教師はコトヒメの伸びしろを期待もあって少しでも後のレースを選択することにした。
コトヒメの体調は直ぐに回復し浅葱オーナーにフローラステークスからオークスを目指すと進言するとオーナーは直ぐに了承して方針は決まった。
こうしてカナヅルコトヒメの次の目標が決まった。




