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悠久の流水  作者: 中山


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20/37

20話

ホープフルステークス当日。浅葱オーナーはカナヅルコトヒメのレースを応援する為家族を連れて中山競馬場訪れていた。

妻の摩耶と息子の九十九と恭也はレースに勝つ難しさを分かっているから見学に来たぐらいの気持ちでいた。しかし、下の娘達はここまでのレースを全て勝って来たことから勝つ気満々でカナヅルコトヒメの応援に来ていた。

デビュー前の落ち込む姿を思えばレースの前からこの日を待ち望んでいる姿は微笑ましくもあった。だが、今日勝つのは難しいだろうという思いもあったのでレースが終わった後に娘達の落ち込む姿が想像できてしまった。

その為、レース後にどうやって慰めようかと家族で話し合っていた。




赤城調教師はレース前のカナヅルコトヒメの様子を確認していた。

輸送の疲れも無くレースは問題なく走れそうで安心した。

「後は飛鳥がどう乗るかだな」

今日のレースにも乗っているがレースの内容は悪くなく問題ないように見えた。しかし、普段からの騎乗を見ていると少し硬く感じた。

初めてのG 1 なのだからこのぐらいで済んでいるのはむしろほっとするべきなのだろう。

心配はあるが、もう自分に出来る事はやった。

後は飛鳥とカナヅルコトヒメに任せるしかないと腹をくくって本番のレースに備えた。




騎手控室では大和騎手がホープフルステークスが始まるのを待っていた。

注目馬に騎乗しての初めてのG1とあって周りの騎手も声を掛けづらく一人でレースの時間を待っていた。

じっと座って待っていると土佐騎手と陸奥騎手が声を掛けてきた。

「いよいよG 1 デビューだな。こんなに早く乗せてもらえるなんて羨ましい話だよ」

「土佐さん、光輝さん。今日はよろしくお願いします」

2人は大和騎手が緊張しているだろうと思って声を掛けたのだがその気配は感じられなかった。

周りが声を掛けづらく、1人で緊張しているだろうと声を掛けたのだが、その反応はいつも通りだった。

「緊張してるようだが心配する程では無さそうだな」

「自分では緊張してると思うんですけど、そんなに変わりませんか」 

「ああ。これから初めてG1に乗るとは思えないぐらい落ち着いているよ」

「 初めてのG 1なんだから直前でもっと緊張してると思ったんだけどな。俺が初めて乗った時は全然うまく乗れなかったからな」

「光輝さんがですか」

いつもの姿からは想像できなかった。

「そりゃそうだ。誰だって初めての時はあるんだからな」

「確かに光輝の初めてのG1は何も出来ずに終わっていたな。まあ俺も同じ様なものだがな」

2人は自分達の初めてのG1を笑いながら思い出していた。

「その様子ならレースはいつも通り乗れそうだな」

「ご心配をおかけします。任せて貰った以上恥ずかしくないレースが出来る様に頑張ります」

大和騎手はホープフルステークスまで騎乗が無いため控室で過ごす。

陸奥騎手と土佐騎手は次に騎乗するレースの準備の為に去って行った。


「しかし、光輝も後輩を気遣える様になったんだな」

「そうですか」

「さっき初めてのG 1の時には何もできなかったと言っていたが緊張していたとは言っていなかっただろう」

陸奥騎手が初めてのG 1に出た時一緒に出ていた土佐騎手はその時のことをよく覚えていた。

「午前のレースだけでメインレースまで空いていたからどうしているのと見てみたら平然と昼寝をしていたんだからな。どんな神経をしているのかと思ったよ」

「前の日にいよいよ G 1に乗れると思ったらなかなか眠れなかったんですよ。本番のレースで眠くて うまく乗れなかったなんてしゃれにならないでしょう。だから仮眠をとったんですよ」

結局、本番のレースでは何の見せ場もなく終わってしまったのだが。

「逆に緊張感がなくなってしまったのが悪かったんですかね。今日の飛鳥ぐらの緊張感を持っていたら面白いレースができたんじゃないかと後悔してますよ」

「それで飛鳥にレースでは何もできなかったと言ったわけか」

「嘘は言っていませんよ」

「まあ嘘は言っていないがな」

しかし、光輝がその時のことをそのまま話したら飛鳥はどう思ったか。

呆れて緊張がほぐれたか、むしろもっと緊張感を持たないといけないと硬くなっていたかもしれない。

「しかし、飛鳥を心配するなんて先輩として自覚が出てきているんだな」

新人の頃からマイペースで天才肌で周りと上手くやっていけるのか心配していたが、こうして後輩にも配慮する姿を見てその成長を嬉しく思った。

「まあジンライフウレツの姉弟に乗っているのだから同じレースに乗るとはいえ半分ぐらいは気を使いますよ」

「話題になっている馬だからちゃんと乗れるように気を使ってるわけか。それで残りの半分はどんな理由があるんだ」

「緊張して何もできずに走るだけならいいですけど、変な動きをされてレースを壊されたら俺の馬の勝つ可能性が減ってしまいますからね。普通にレースをしてもらいたいんですよ」

陸奥騎手にとってこのレースでの不安要素はカナヅルコトヒメと大和騎手がちゃんとレースをしてくれるかどうかだった。

これまでの2戦は問題なくレースをしてくれてはいても観客も多くなるG1の独特の雰囲気にカナヅルコトヒメが興奮する恐れもある。それに加えて 大和騎手が緊張していてはレースに安心して臨むことができない。

陸奥騎手の騎乗馬はカナヅルコトヒメと同じ枠なのでゲート内で暴れたりスタートをミスされてこちらに被害を受けるとレースどころでは無くなる。

その心配もあって飛鳥の様子を確認したのだがその点は杞憂に終わりそうだ。

「少なくとも飛鳥に関しては安心してレースに臨めそうです」

「他のG1ではそこまで気にしてないのに今回はそこまで気にしているのか」

「土佐さんも赤城厩舎に来たらすぐに分かりますよ」

そう言って陸奥騎手は次のレースの準備を始めた。




10レースが終わり、2人が控室に戻ると今のレースについて振り返っているのを大和騎手も横で聞いていた。

大和騎手も2人が初めてのG1に緊張していないかを案じてこうしていつも通りにして緊張しないように気を配っているのだと気づいていた。

お礼の言葉かけようかと思ったが、まだ本番のレースに乗るまでどうなるかは分からない。

無事にレースを終えたら改めて感謝の言葉を言おうと思いながら2人の話を聞いていた。


そうして2人の会話を聞いているとパドックへ行く 時間が来た。

2人も会話をやめパドックへ向かうと大和騎手も立ち上がりパドックへ向かった。


パドックに向かうと赤城調教師と浅葱オーナーが笑いながら話していた。

「大和騎手、今日もよろしくお願いします」

「はい頑張って乗らせていただきます」

レースの前にこうしてパドックの中で馬主とレースを待っていると改めてG 1のレースに乗るのだと感じる。

「いつも通りじゃないか」

「はい。光輝さんと土佐さんと話していたらだいぶ落ち着くことができました」

「あの二人も乗るというのに余裕があるな。後で礼を言わないといかんな」

「はい。そのお礼はレースでお返ししたいと思います」

横にいる浅葱オーナーもレースが始まる前だというのに普通に会話する姿を見て大丈夫そうだと感じた。

後はカナヅルコトヒメに大和騎手が上手く乗ってくれることを祈るだけだ。


合図と共にあパドックを周回する馬達が止まり騎乗する時が来た。

大和騎手は赤城調教師と共にカナヅルコトヒメの下に向かった。

大和騎手が赤城調教師に補助してもらいカナヅルコトヒメに騎乗すると北上厩務員はほっとした。

「大丈夫そうですか」

「今のところは大丈夫そうね」

「油断はするなよ。本馬場に出たら観客の注目を浴びるだろうからな。そこでかかなければ今日のレースは問題なく行けるだろう。そこまでは北上も油断しないようにしろよ」

北上厩務員はいつもとは違うパドックの雰囲気にカナヅルコトヒメが興奮しているように感じたので 騎乗した大和騎手に尋ねたが大和騎手は問題無く乗れている姿を見て安心していた。

赤城調教師は返し馬が終わるまでは油断出来ないと気を引き締める様に大和騎手と北上厩務員に念を押した。


北上厩務員に曳かれながらコースに向かう地下馬道で大丈夫と言ったのはまだ早かったと後悔していた。

「飛鳥さん大丈夫ですか」

北上厩務員もカナヅルコトヒメを曳きながら興奮する気配を感じていた。

地下馬道を出て観客の前に出ると更に前に行こうとするので抑えるのに必死になった。

本馬場に入るとゲートが不安だったのでゲート入りの時に北上厩務員に最後まで一緒にいるように頼むと返し馬を始めた。

返し馬をすると落ち着いてきたので安心すると輪乗りをしながらレースが始まるのを待った。


早くレースが始まらないかとG 1の緊張も忘れ輪乗りをしているとファンファーレが鳴りゲート入りが始まった。

北上厩務員に曵かれてゲート入りはすんなりと入ってくれた。しかし、いつもより落ち着きがなく今にも前に飛び出しそうだった。

「 お願いだからもう少しだけ待ってね」

カナヅルコトヒメをなだめながらスタートの瞬間を待った。

しかし抑えきれずにカナヅルコトヒメが前に飛び出してゲートにぶつかると思い身構えた。ところがぶつかることは無くそのまま飛び出した。

一瞬思考が止まったがすぐに後ろから他の馬の蹄の音が聞こえてきた。

ゲートが開くタイミングとカナヅルコトヒメが我慢出来ずにゲートを出ようと前に行くタイミングがピッタリあった結果会心のスタートを切ったのだ。

ゲートの中で抑えようとしたタイミングでゲートが開いた事に一瞬気を取られバランスを崩しかけたがすぐに立て直した。

その間もカナヅルコトヒメ前に進もう出ようとするので手綱を絞り抑えようとしたが他の馬は前に行こうとしなかった。その為、予定を変えて逃げる事に決めた。

赤城先生は前目の競馬をしたいと言っていたが逃げてペースを守れるか不安はあった。しかし、もしゲートでスタートをミスしてぶつかって競走除外になったり、出遅れて後方からのレースになっていたら何の見せ場もなく終わっていた。

それよりはましだと腹をくくった。

幸いカナヅルコトヒメもコーナーを曲がる頃には 折り合いがついてくれたのでペースを守る事に全力を傾けてレースに集中する。


予定が狂ったな。

レース始まる前陸奥騎手は周りに逃げそうな馬がいなかったので上手く出れたら逃げるつもりでいた。

ところがゲートに入ると横のカナヅルコトヒメが落ち着かず今にも飛び出しそうにしていた。

ゲートを出た瞬間にぶつかられないかと不安になりながらスタートを待った。

しかしゲートが開いた瞬間に先頭を切ろうとしたが予想もしていなかったことが起きた。カナヅルコトヒメが先に飛び出していたのだ。

あまりに早く飛び出したので前を確認したがフライングの合図は出ていなかった。

先頭争いをするか迷ったがスタートで負けているのでここで無理して先頭に立っても最後まで脚が持たない、予定を変更してペースを落とし2番手の位置について行くことにした。


カナヅルコトヒメは予定外の逃げではったが折り合いをつけてレースはスムーズに進めることが出来た。

第4コーナーを回り直線に入っても先頭を守り続けていた。

カナヅルコトヒメと大和騎手の思った以上の健闘に観客席の声援にも力が入った。

大和騎手もカナヅルコトヒメを全力で促し走らせるが最後の坂を登るところに来てスピードが落ち始めた。

「お願いだから最後まで頑張って」

カナヅルコトヒメを励ましながら必死にゴールを目す。

するとずっと後ろを追していた陸奥騎手に並ばれてしばらくはついていけたが、すぐに追い抜かれ勝負はついた。後方から続けて追い抜かれて最後は5着でゴールを駆け抜け掲示板は死守することが出来た。

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