18話
レースの間浅葱オーナーは声も出さずにじっとジンライフウレツの走る姿を見つめていた。
最後の直線に向かいゴールが近づくと馬主席で応援する人々の声にも力が入り、観客席の声援もどんどん大きくなる。
ジンライフウレツがゴールを駆け抜けた瞬間、勝ったと思うと同時に自分の見間違いではないかと思い直ぐには喜べなかった。
掲示板にジンライフウレツの番号が表示されて間違いなく勝ったと静かに喜んだ。
赤城調教師や陸奥騎手からは自信があると聞いてはいたが、無事に走り切ってG1を勝利してくれたジンライフウレツには感謝しかない。
自分の初めての馬がG 1を勝った感動に浸る暇もなく、表彰式に向かう。
その道中も周りの馬主から祝福の言葉を貰いながら改めてジンライフウレツが勝った事を実感した。
頑張って走ってくれたジンライフウレツと陸奥騎手、ここまでジンライフウレツを育てた赤城調教師やスタッフにに感謝の言葉を伝えたいと思いながら表彰式へと向かっていった
「お疲れ。 最高のレースだったな」
戻ってきたジンライフウレツと陸奥騎手に労いの言葉をかけた赤城調教師はジンライフウレツの様子を見て問題は無さそうだと確認してほっとした。
「無事に走り切ってくれたし来年が楽しみだな」
「はい、ゴールした後もまだ走ろうとしていましたからね。まだ余力はありそうですよ」
「これなら距離を延長しても大丈夫そうだな」
これまで1800mまでしかしていなかったがこれなら皐月賞の2000m、日本ダービーの2400mも走り切れるだろうと自信を深めた。
「これなら来年も楽しみだと浅葱オーナーにもいい報告が出来ますよ」
「ホープフルステークスも良いレースをして、来年につながる1年の終わりにしたい物だな」
赤城厩舎が出走する今年のG 1はカナヅルコトヒメのホープフルステークスが最後になる。
ジンライフウレツの朝日杯フューチュリティステークスに比べるとカナヅルコトヒメのホープフルステークスは勝つのは厳しいと思う。
白毛の馬に女性騎手の組み合わせで話題性はある。しかし、カナヅルコトヒメはジンライフウレツの様に前評判で本命に挙がる程の評価は無い。更に大和騎手は今回が初めてのG1騎乗。これでは高い評価は得られない。
だが赤城調教師は来年につながるレースが出来るだけのポテンシャルは秘めていると思っている。
弟子の成長の為にもいい結果を出して欲しい。
このチャンスを逃さないためにも飛鳥には良いレースをしてもらいたい。
来年もカナヅルコトヒメに乗せてやれるだけの結果を出して欲しい。
浅葱オーナーにお願いして預けて貰った責任はジンライフウレツがG1を勝ってくれたことで一応果たせた。
後は2頭をどれだけ強く育てられるか、どれだけ勝たせられるかだ。
勝ったばかりで今後の事を考えながら難しい顔をする赤城調教師に
「赤城先生、そんなに難しい顔をしないで今は喜びましょう。浅葱オーナーもこれが初めての表彰式になるんですから」
と大井厩務員が話しかけた。
大井厩務員の顔を見ると満面の笑顔を浮かべ、ジンライフウレツに感謝しながら首を撫でていた。
そういえば大井もG1を勝つのは初めてだったな。
大井厩務員は担当した馬がG2、G3を勝った事はあったがG1を勝つのは初めてだったのを思い出した。
その姿を見て浅葱オーナーも初めてのG1を勝ったのだから次のレースは後回しにして今はジンライフウレツの勝利を喜ぶ事だけを考えよう。
そう気持ちを切り替えた。
そして2人は口取り写真を撮るためにコースへと向かった
その後口取りと表彰式が終わると赤城調教師は今日のレースとホープフルステークスに出走するカナヅルコトヒメの取材で忙しく、浅葱オーナーも周りの馬主から祝福の声をうけながら今後の事を聞かれ 喜びに浸る間も無かった。
その為、朝日杯フューチャーリーステークスの祝勝会はカナヅルコトヒメのホープフルステークスが終わってからにしましょうということになりこの日はお開きになった。
一方大和騎手は中山競馬場でこの日の阪神競馬場のレースを見ていた。
所属厩舎の馬がG 1 を勝った事は嬉しかったが、これで来週のホープフルステークスのカナヅルコトヒメの注目は更に上がるだろう。
そう思っているとレースを一緒に見ていた加賀騎手に心配そうな顔をしながら声をかけられた。
「これだけのレースをされると実力以上に人気が集中するだろうな」
「そうですね」
大和騎手は短く答えると今のレースを振り返りながら加賀騎手に質問をしてきた。
加賀騎手は質問に答えながら前に話した時は一目見ただけで分かる程緊張していたのにいつもと変わらない飛鳥に引っかかった。今日のジンライフウレツの勝利でまた重圧に押し潰されそうになるのではと思ったが、そんな気配も無くいつも通りに見えたのだ。
「今日はやけに落ち着いているんだな」
「そう見えますか?」
「ああ。レースが近づいて来た上に今日のジンライフウレツの勝利だ。プレッシャーがかかる事だらけなのに普通に見える」
「そうですね。もう考えるのは辞めようと思いまして」
レースが近づくなか、加賀さんや赤城先生に見守られていても自分のプレッシャーは大きくなるばかりだった。しかし、カナヅルコトヒメは世間の注目も世話をするスタッフの気持ちも気にすること無くいつも通りに振る舞っている。
その姿を見て自分が悩んでも勝てるかどうかはカナヅルコトヒメ次第だと吹っ切れると、今までの悩みがスッと消えたのだ。
「いきなり私の技術が上がるわけでもないし、カナヅルコトヒメも今までの様に走ってくれるか分からないのだからもうなる様にしかならないと思いまして」
「初めてのG1でそう思えるなら心配ないな。俺が初めてG1に乗った時はレースに乗る前から終わるまで後悔する事ばかりだったからな」
俺が初めてG1に乗った時は飛鳥と違い人気薄で注目を浴びる馬ではなかった。
その当時可愛がってくれた馬主が経験になるだろうと依頼してもらった騎乗だった。しかし、結果は何もできずに最下位だった。
「これだけ注目を浴びているのだから緊張しないのは無理だ。俺が乗っても緊張するだろうからな」
「加賀さんでも緊張しますか」
「そりゃそうだ。これだけ注目される馬で G 1 に乗れた事は俺もほとんど経験してこなかったことだからな」
カナヅルコトヒメはホープフルステークスでも上位の人気が予想されている。
騎手も加味すると過剰な人気だが、決して1着を狙えない馬ではない。
このチャンスを活かして上にいけるようにこのままの調子で自信を持って乗ればいいと励ます。
「浅葱オーナーは飛鳥がカナヅルコトヒメで新馬戦、黄菊賞と2戦続けて勝ったからホープフルステークスも乗せてもらえるんだ。期待に応える恥ずかしくないレースをしないとな」
赤城先生はホープフルステークスに勝つのは厳しいだろうと考えており、浅葱オーナーにも説明していた。
浅葱オーナーもその点は理解してくれていた。
2頭買って2頭が勝ち上がれるとは浅葱オーナーも考えておらず、 カナヅルコトヒメがホープフルステークスを勝てなくても仕方がないと思っていた。
ジンライフウレツより期待値が低かった為に、カナヅルコトヒメに飛鳥を乗せられたという側面もあった。その為、予想を上回る活躍で勝ち上がった事で乗り替わりを周りから勧められても乗り替わりをせず継続して飛鳥が騎乗する事になったのだ。
しかしオーナーの好意で乗せて貰えても結果を出さなければ赤城先生が許さないだろう。
勝つのが難しいと言われてもレースに出る以上は1つでも上の着順を目指さなければならない。
勝てなくても次に期待が持てるようなレースをしなければ乗り続けることができない。
次のホープフルステークスでジンライフウレツとカナヅルコトヒメの2歳のレースが終わる。
次はいよいよ3歳クラシックを目指すことになる。
来年も乗り続ける事が出来るか降ろされるのか。
その世代の代表となる馬達との戦いで結果を残せるのかを案じながら飛鳥とレース映像を見つめた。




