17話
浅葱オーナーはジンライフウレツが出走する朝日杯フューチャーリーステークスが行われる阪神競馬場でここまでの歩みを思い返していた。
仕事の付き合いから競馬の話題になり、馬主にならないかと誘われて馬主免許を取得した。
馬主になった後、紹介された牧場に訪れたのが始まりだった。
「その時に見た双子がこれほど走ってくれるとは思わなかったな」
最初は走ると思わず買う気がなかった馬がまさかここまで活躍してくれると思わなかった。
初めて買った馬がG 1 に出走できるなど夢のようだ。
周りからの嫉妬の目もあるが、こうして自分の馬が走り勝利する姿を眺めるのは馬主になる前には感じたことがない喜びだった。
「浅葱オーナー緊張していますか」
ここまでの出来事を思い返しているとパドックで一緒にレースを待っている赤城調教師から声をかけられる。
「いえ、ジンライフウレツとカナヅルコトヒメに出会った時の事を思い出していました」
「そうですか。そのおかげで私もこうして馬を預けて頂けたわけですからこの出会いには感謝しなければいけませんね」
赤城調教師はこれまで何度もG 1のパドックにオーナーと立ってきた。
初めてG 1の舞台を前にしてほとんどのオーナーは期待と不安で緊張が見て取れた。しかし、浅葱オーナーはいつも通りの姿で周回するジンライフウレツを眺めていた。
「どこか現実味が無くて今も夢の中だと言われても信じてしまいそうですからね。それで緊張が無いんでしょう」
2,3年前は全く競馬に興味が無かったのに、今はG1レースに出走馬のオーナーになっているなど想像もしなかった。
「周りの人たちから注目される場所にいるというのも不思議な気分です」
「G 1は特別ですからね。こうしてパドックでレースを待つのはG1に出れる馬を持った馬主の特権です。
これからも立つことになるでしょうから直ぐに慣れるでしょう」
このまま順調にいけばジンライフウレツが来年のクラシックに出ることを確信している赤城調教師の自信ありげな言葉に頷きながら、レースを始めるのをじっと待ち続けた。
浅葱騎手は騎手控え室で次のレースに静かに備えていた。
昨日は7レース中3レースに勝ち、今日も8レースに乗って4 レースで勝ち星を挙げる絶好調ぶりだった。
ジンライフウレツのデビューが決まってから自分でも怖いほど好調が続いている。
昨日からの調子の良さもあり11レースの朝日杯フューチュリティステークスでもダントツの一番人気に支持されている。
当の本人は緊張することも無く、むしろ今までに騎乗したG 1の中で一番冷静な状態でいることに自分でも驚いていた。
「随分と落ち着いているんだな」
控え室で一人で次のレースの事を考えていると横から同じ朝日杯フューチュリティステークスに騎乗する土佐高敏騎手が声を掛けてきた。
「自分でもビックリするほど緊張してないんですよ」
「これだけ注目されている馬に乗ってレースをするというのに呆れたやつだ」
土佐騎手は褒めているのかけなしているのかどちらとも言えない言葉をかけた。
まあ緊張しない理由の一つはカナヅルコトヒメと飛鳥を見ているからだろうな。
陸奥騎手はジンライフウレツとカナヅルコトヒメをデビュー前から見てきたが、性格は全く違うし乗りやすさも雲泥の差だ。
もし今日乗る馬がカナヅルコトヒメだったならここまで落ち着いてはいないだろう。
あちらのコンビは馬も騎手も心配が多く、赤城先生 もカナヅルコトヒメの調教に比重が置かれがちだ。ジンライフウレツの調教は羽黒調教助手に任せることが多く、レースに関しては全て自分に任せると言われている。
世間の注目もカナヅルコトヒメに集まり自然とジンライフウレツには関心が薄くなる。
今まで乗った馬の中で1番期待しているのに周りの注目はいつもより集まらない事には淋しさすら感じる。
すぐ横でカナヅルコトヒメの調教に苦心する赤城先生や初めてのG1で緊張する飛鳥を見ているために自分を客観的に見ることが出来るし、ファンの注目がカナヅルコトヒメと飛鳥に集まっているので外からのプレッシャーを気にしなくていいので緊張しないのだろうと思っていた。
騎乗する時間が近づき準備を終えるとパドックに向かった。
パドックに行くと赤城先生と浅葱オーナーが話していた。
「陸奥騎手、今日もよろしくお願いします」
パドックに出て来た事に気付いた浅葱オーナーから挨拶された。
「 馬は問題無い。後は任せたぞ」
赤城先生からも馬は万全だとお墨付きをもらえた。 そして止まれの合図とともにパドックを周回していた馬達が止まる。
陸奥騎手はジンライフウレツの下に向かうと赤城調教師に足を上げてもらい騎乗する。
騎乗して前の馬について行きながら本馬場へと入場する。
赤城先生の言う通り調子は抜群だ。
騎乗して調子の良さを改めて感じた。
馬の調子はもう問題ない。これで負けたらなら騎手の責任だろう。
返し馬も引っ掛かる事なく無事に終え、ゲート前で周回しながら先程の土佐騎手との会話を思い返した。
カナヅルコトヒメに注目が集まってくれるおかげで余計な事を考えないでいいから緊張しないでレースに臨むことが出来るのは恵まれているのだろう。
デビューしたての頃に注目を浴びて調子を崩し、勝てなくなって悩んだ事を思えばこうして期待している馬にプレッシャーも無く乗れているのは感謝するべきだろう。
しかし
「お前がカナヅルコトヒメより注目されないのは納得できないんだよな」
ジンライフウレツよりカナヅルコトヒメが注目されるのは面白くなかった。
最初はプレッシャーもかからずレースに臨みながら、緊張しながら横で頑張る飛鳥を面白く見ていた。しかし、自分の乗っている馬の方が強いのに注目されない事に段々と不満を感じていた。
このレースに勝てば風向きは変わるだろう。
その為にも、目の前の朝日杯フューチュリティステークスを勝ってジンライフウレツをG1馬にする。
そう心に決めてレースに臨んでいた。
ファンファーレが鳴りゲート入りが始まった。
続々と馬がゲートに入って行き、9番の自分の番がきた来た。
ジンライフウレツを促しゲートに入る。
続々と他の馬もゲートに入って行き、問題なく15頭全てがゲートに入った。
そしてスタートの合図が鳴りゲートが開いた。
全頭が一斉にスタートを切る。
他の馬が前に行き先団を組む中、ジンライフウレツは後方の4番手につけた。
陸奥騎手はこのレースがきっと早いペースになるだろうと思ったので、ジンライフウレツの末脚を活かす為にやや後ろの方につけてレースを進めたかった。そして理想的な位置に着く事ができた。
直線からコーナーを回ると予想通り早めのペースになってくれた。
焦ることなくコーナーを曲がり最後の直線に入った。
「頼むぞ」
声をかけながら手綱をしごき加速を促すとジンライフウレツは直ぐに反応してぐんぐんと加速する。他の馬も加速するが、ジンライフウレツは大外からどんどん抜いていき先頭の馬に追い付く。
更に鞭を入れて促しゴールを目指す。
スタンドからの声援も一気に加熱していき、残り50mで先頭の馬に並ぶとそのままジンライフウレツが前に出た。
そのまま先頭に立つと相手も食い下がるがそのまま 抑え込みジンライフウレツが1着でゴールした。
「よし、よく頑張った。ありがとう」
最後まで頑張って走ってくれたジンライフウレツに声を掛けながら、まだ走り続けようとするジンライフウレツを止めるために手綱を緩める。徐々に減速し始めて止まると、横から土佐騎手の乗った馬が並んで来た。
「おめでとう、すごい馬だな」
「ありがとうございます」
「新馬戦も2着だったからな、どうもやられてばっかりだな」
今日騎乗しているシックルウィズルは新馬戦でジンライフウレツと戦っており、その時も2着だった。更にカナヅルコトヒメの新馬戦にも別の馬で乗ったがその時も2着だったのでこの姉弟に3回連続で負けたことになる。
「土佐さんにそこまで言われると来年が楽しみですよ」
「1600mのG1を走ったばかりでまだ余力が有りそうだしな。来年のクラシックの本命だろうな」
土佐騎手はジンライフウレツが走り終えてもう息が整っている様子を見て距離が延びても手強い相手になるだろうと感じていた。
陸奥騎手もジンライフウレツのまだ余力のある走りから来年ののクラシックが楽しみになった。
この後は放牧に出されて次は弥生賞を目指すことになるだろう。レースを終えたばかりで次のレースの事が頭をよぎるがまずは赤城先生と浅葱オーナーにどんな感謝の言葉を伝えようかと考えながら戻って行った。




