16話
新馬戦からしばらく経ちジンライフウレツとカナヅルコトヒメは供に次走を勝利し、いよいよ次はG1レースへの挑戦を予定していた。
「2人とも順調に勝っているな」
「えー。馬が最高の状態でレースを走れていますから。これで負けたら俺の責任でしょうね」
陸奥騎手はジンライフウレツの新馬戦を勝利した後に出たデイリー杯2歳ステークスもを勝利した。
その勢いに乗って年末の朝日杯フューチュリティステークスに出走を予定している。
初めて乗せてもらった時にこれは走ると思い中央で走らせてほしいと進言したが、これで走っていなかったらと思うとゾッとする。
よくあの時迷わず口にしたもんだ。
デビュー勝ちしてさらに重賞勝利と順調に来ているので周囲の期待や勝たなければいけないというプレッシャーも大きくなる。しかし、それだけ大きなレースを勝てる馬に出会えた結果だと思うと楽しみがプレッシャーや不安を上回って直ぐに次のレースに乗りたい思いが沸々と沸いてくる。
「光輝さんはすごいですね。 私は緊張しっぱなしですよ」
一方の大和騎手はカナヅルコトヒメと黄菊賞に出走し勝利することができた。
陸奥騎手とジンライフウレツのコンビに比べると まだまだ危ういところはある。
それでも続けて2勝することができたのでファンの間でも話題に上がっていた。
「しかし新馬戦から2連勝出来たんだから飛鳥を乗せた先生の判断は大正解だったな」
調教での大和騎手とカナヅルコトヒメの走りを見て 加賀騎手も大和騎手を乗せてみたらどうかと赤城調教師に進言した。
最終的な決定をした赤城先生も決断するまでは相当 悩んだだろうな。
その為、この結果にはホッとしていた。
「カナヅルコトヒメも収得賞金を稼げたから年末のホープフルステークスに出られる。飛鳥もいよいよ G 1レースに乗ることになるな」
カナヅルコトヒメも年末のG1ホープフルステークスに出走する予定だ。
G1レースということもあって乗り換わりの話も出たが、ここまでの2戦で結果を出している大和騎手に乗って貰いたい浅葱オーナーの意向もあって赤城先生も飛鳥を乗せる方向で決めていた。
「言わないでください。周りの人たちにも言われてずっと緊張しっぱなしなんです」
大和騎手は2年目で初めてのG 1の騎乗になり、まだG2、G3の重賞を勝ったこともない。
そのため周りからは騎手を変えるべきだと言う意見も多かった。
赤城厩舎の面々は普段のカナヅルコトヒメの厩舎での振る舞いや調教を見て一番カナヅルコトヒメが大人しくしてくれる大和騎手を乗せる事に異論は無かった。
カナヅルコトヒメも成長して以前よりも指示に従う様になってきたので調教も厩舎での世話もやりやすくなってきてはいる。しかし、大和騎手と他の人が騎乗した時を比べると、明らかに大和騎手が騎乗した方が暴れることは少なかった。
その為、周囲の言葉は気にせずに大和騎手を乗せる事になった。
「自信を持て。 確かに周りと比べればまだまだ実力は足りない。周りからもまだ早いと言われている。 だがG1に乗れる基準はクリアしている。乗る権利はあるのだから堂々とすればいい。
乗せて勝てないと思うようなレベルならば、そもそも俺もお前を乗せようと言ったりはしないよ」
加賀騎手はカナヅルコトヒメと一番相性のいい騎手は飛鳥だと思っている。だがそれだけの理由で大和騎手を進めたわけでは無い。G1に乗せてもいい実力は有ると思っていた。
「どんな事にも初めての時は有る。それがカナヅルコトヒメだったというだけの話だ 」
「加賀さん」
「それに騎手は依頼を受けて馬に乗るのが仕事なんだ。それを自信が無いからと断っていたら誰も依頼してくれなくなるし、依頼してくれたオーナーや調教師の先生に対しても失礼だぞ」
大和騎手は加賀騎手に言われて ハッとした。
自分をG 1のホープフルステークスに騎乗してほしいと浅葱 アサギ オーナーが依頼してくださり、赤城先生がそれを了承して自分はホープステークスに乗ることができるのだということを失念していた。
自分は乗せてもらう立場なのだから自分が今やるべきことはレースで一つでも上の着順になる為に最善を尽くすことだ。
大和騎手は浅葱オーナーと赤城先生の期待に応えられるレースが出来る様に頑張ろうと心に決めた。
加賀騎手と陸奥騎手と話している間に迷いも消え晴れやかな顔になると、お礼を言って次の仕事が有るからと去って行った。
「取り敢えずメンタルは大丈夫そうだな」
「そうですね」
加賀騎手は一目で分かる程悩んでいる大和騎手を励まそうと2人に声をかけたのだ。
陸奥騎手もそれを察して会話に加わった。
しかし、陸奥騎手には心に引っ掛かる物があった。「良かったんですか」
カナヅルコトヒメをホープルステークスに出走させると決まった時、最初に挙がった候補は加賀騎手だった。
カナヅルコトヒメも成長してきたので、ホープフルステークスにはベテランの加賀騎手に騎乗してもらうべきという意見が厩舎のベテラン勢の中で出た。もしそれで駄目ならまた飛鳥に戻せばいい。
最初厩舎内ではそういった意見で揉めかけたことがあった。
まだG2、G3のレースも勝った事がない飛鳥よりも重賞を何度も勝っている加賀騎手に乗ってもらった方が良いと。
陸奥騎手も言葉にはしなかったが加賀騎手に乗って貰いたいと思っていた。
騎手として期待している馬を他の騎手に取られたくない気持ちはよく分かる。しかし、デビューの時からお世話になっている加賀騎手にG1を勝って欲しい思いもある。
陸奥騎手の心情は後輩の飛鳥よりも加賀騎手を推していた。
しかし加賀騎手は赤城調教師にホープフルステークスでカナヅルコトヒメに騎乗しないかと聞かれるとその依頼を断った。
ここまでの2戦を勝っており、オーナーからも乗り替わりの話しがあった訳でも無いため飛鳥の代わりに乗る気になれないとやんわりと断られた。
「 乗りたいのかと言われればもちろん乗りたいさ。だがここまで調子よく来ているし、せっかく掴んだG1のチャンスを横からかっさらう気にはなれなくてな。
俺の方が経験が多いとはいえ誰にだって初めての時はあるんだ、飛鳥にとってはそれがカナヅルコトヒメだったということだろうからな」
加賀騎手は騎手の中でも上位で活躍し、後輩の騎手にも慕われているがG 1を勝ったことは無い。
もっと積極的にいい馬に乗る事に執着したなら一度や二度は勝っていただろう。
後輩からの乗り替わりを断り、継続して乗せる事を勧めたのはこれが初めてではない。
「まあ、あくまで予定だからな。もし飛鳥が騎乗停止になって依頼が来たならその時は乗せて下さいとは言っているよ」
加賀騎手は笑いながら答えた。
陸奥騎手はその言葉を聞きながら、加賀さんが慕われている理由も周りにも嫌いな人がいないと言われる理由を改めて実感した。
自分にとってのジンライフウレツ、飛鳥にとってのカナヅルコトヒメの様に加賀さんにもそんな馬に出会えるのだろうか。
自分達よりも長く騎手として活躍していてもそんな馬に出会えるかはわからない。
だからカナヅルコトヒメの乗り替わりにも消極だったのだろう。
いつか加賀さんにもジンライフウレツやカナヅルコトヒメのような馬に出会って欲しい。そしてG1を勝って欲しいと心底そう思った。




