14話
周りの人々が色々な思いを抱きながらパドックを見つめる中、いよいよレースに向かう時が来た。
騎手が並び合図とともにパドックを周回する馬達が一斉に止まると並んでいた騎手が馬の下に向かった。
大和騎手がカナヅルコトヒメの下に駆け足で向かうとカナヅルコトヒメの横で待っていた赤城調教師に足を支えてもらいながらカナヅルコトヒメに騎乗した。
それだけでパドックの周りから静かに声が上がり、注目されるのを感じた。
周りの歓声にカナヅルコトヒメが反応したので北上 厩務員が警戒して引き綱を持つ手に力を入れて備えた。
「大丈夫だからね。 落ち着こうか」
しかし、大和騎手がなだめるとすぐに落ち着いた。「飛鳥大丈夫か」
羽黒調教助手が騎乗した大和騎手に尋ねると
「はい。入れ込んでもいないし大丈夫だと思います」
赤城調教師も大和騎手が問題なく乗れたので、これなら2人曳きでなくてもいいだろうと判断した。
「一応馬場入りまでは曳いて行ったほうがいいだろう。北上に曳いてもらうが油断しないようにな」
「わかりました」
パドックで騎乗してコースへと向かう。
北上厩務員は地下通路を通る時も緊張しながらカナヅルコトヒメを曳くが何事もなくコースまでたどり着いた。
「ご苦労様北上くん」
北上厩務員はここまで無事に来れたことでレース前の自分の役目は終わったとほっとした。
「後はレースをしっかり走ってくれよ」
そう言ってカナヅルコトヒメの首を撫でると曳き綱を外した。
大和騎手はカナヅルコトヒメを促してコースへと入って行った。
「無事に馬場入り出来たな」
赤城調教師はまだゲート入りもしていないのここまで問題もなく進んでくれていることにほっとしていた。
こんなことで安心してはいけないんだがな。
これまでの苦労が頭の中に蘇り、レースが始まってもいないのに緊張の糸が切れそうになるのをこらえながらカナヅルコトヒメの返し馬を見る。
周りの馬や観客の声に対しても思ったよりも落ち着いており入れ込みもなく、これならレースも大丈夫そうだった。
後はゲートに無事に入ってくれればレースは勝ち負けまではいけるだろうと考えながら、レースが始まるのを待った。
そしていよいよファンファーレが鳴り、馬達がゲート前に集まりだした。
順番にゲートに入っていく。
カナヅルコトヒメは外側の枠だが、内枠で周りの馬に囲まれるよりも外側で他の馬を気にしないでスタートする方が安心だろうと赤城先生から言われていた。
ゲートの中に入ると落ち着きをなくしてきた。
「もう少し待ってね。 すぐに出れるから」
カナヅルコトヒメをなだめながらスタートの合図を待つ。
もう何回も繰り返してきた時間だが今までで1番のプレッシャーを感じながらスタートの瞬間を待った。
そしてガシャンと音が鳴りゲートが開くと同時に飛び出した。
「よし、いいスタートだよ」
問題なくいいスタートを切れたのでそのまま加速し、前目につきそのままコーナーへ向かう。
狙い通りの位置につくことが出来たので手綱を
緩めるが、カナヅルコトヒメは掛かることもなく前の馬についていく。
理想的な展開で第3コーナーにはいり2番手でコーナーを曲がり直線へと向かう。
そのレースを見ていた赤城調教師は飛鳥とカナヅルコトヒメの折り合いが取れたレース運びを見つめて飛鳥をカナヅルコトヒメに乗せて正解だと確信を持った。
後は最後の直線を全力で駆け抜けて先頭でゴールするのを祈るだけだった。
「ラストスパートだよ 」
大和騎手は最後の直線で合図の鞭を入れてカナヅルコトヒメを促した。
カナヅルコトヒメは鞭を入れられるとそのまま全力で加速を始めた。
前を走る1頭を追い越しそのまま先頭に出てゴールに向かう。
「このままゴールまで頑張って」
大和騎手はそのまま行けると思ったが、 残り100m あたりで後ろから1頭が迫ってくるのを感じた。
後ろから近づいてくるのを感じながらカナヅルコトヒメを信じて必死にカナヅルコトヒメを促しながらゴールを目指した。
「あと少しだから頑張って 」
大和騎手も必死に声をかけるが後ろからも馬が近づいてくるのがわかる。
もう駄目かと思ったが横に並びかけられた所でカナヅルコトヒメが先にゴールを駆け抜けた。
「やった1着、1着だよ。姉弟でデビュー勝ちだよ」
大和騎手は1着でゴールしたことを確信してカナヅルコトヒメの首を撫でながらその喜びを口にした。そして手綱を緩めるとカナヅルコトヒメはゆっくりと走るのをやめて止まった。
レース前は緊張で一杯一杯だったが、レースが終わってその緊張も解け冷静になった。
改めて走り終えたカナヅルコトヒメに異常がないかを確認し、問題なさそうだと確認するとほっとした。
「 1着 おめでとう。これだけの期待を受けていたらすごいプレッシャーだっただろう」
横から土佐騎手が祝福の言葉をかけてきた。
「ありがとうございます」
「後ろからなんとか追いつけるかと思ったんだが、最後まで粘られてしまったな」
最後に惜しいところまで迫ったが追いつけなかったことを悔しそうに言われて、最後に迫ってきたのが土佐騎手だと分かった。
「 土佐さんだったんですか、もう追いつかれるんじゃないかとヒヤヒヤしましたよ」
2着に来た馬が土佐騎手の馬だったと分かってさすがだなと思いながらそれでも最後まで粘って走ってくれたカナヅルコトヒメに感謝した。
そしてレースが終わった後の後検量のためにカナヅルコトヒメと共に検量室へと向かう。
ゴールする瞬間のスタンドからの声援は今までに聞いたことがないほど大きなものだった。
新馬戦でこれほどの声援ならG 1で勝った時にはどんな光景なのか、どれほど大きな声援になるのだろうと想像した。
次のレースも乗せてもらえるかは分からないが、また乗せて貰いたいと思いながら地下馬道へと降りて行った。




