12話
いよいよ2頭のデビューの日がやってきた。
ジンライフウレツは土曜日の東京第5レースの新馬戦1800メートル。
カナヅルコトヒメはその次の日曜日の第5レースの新馬戦2000mメートルでのデビューとなる。
「かなり話題になっているな」
浅葱オーナーはジンライフウレツのデビュー戦となる土曜日のレースを見るために東京競馬場へとやってた。
家族は明日のカナヅルコトヒメのレースを見に来るため、今日は一人での観戦となる。
パドックではでは多くの人たちが周回する馬を見ていたが、観客の注目はジンライフウレツに集まっている。
双子の馬のデビューということで熱心な競馬好きは本当に走るのかと厳しい目で見ている。
一方、珍しい双子のデビュー戦ということで、物珍しさで多くの観客が見に来ている。
双子の馬ということで批判的な目で見られていたので前予想はそれほどよくはなかった。
しかし、当日の馬体を見ると、これは走りそうだと予想する人の声があちらこちらで聞こえた。
乗るジョッキーも絶好調の陸奥騎手であるため、1番人気になりそうだった。
そしてパドック周回を終えて馬が止まった。
陸奥騎手が駆け足でやってくると赤城調教師の補助を受けてジンライフウレツに騎乗した。
「光輝、今日は絶好調だな。このレースも頼むぞ 」
ジンライフウレツの担当教務員の大井厩務員から勤務員から激を入れられた。
陸奥騎手は今日の4レースに騎乗して2勝しており、更に残りの2レースでも馬券に絡むほどの絶好調ぶりだった。
「ここまで怖いくらい調子がいいですからね。
ジンライフウレツも調教では何の問題も無く全てが順調です。
後はレースで走ってくれることを願うだけですよ」
これまでの調教では気になる問題は無かったのであとは本番のレースでどんな反応を見せるかだけが心配だが、それはどの新馬も同じなので気にすることなくコースに向かった。
パドックからコースに向かう道中も何の問題もなく前の馬について行き、興奮する事無く歩いて行く。コースに入って観客の声援を聞いても、かかること無く返し馬を行うその姿を見てこれなら勝ち負けはいけるだろうと余裕を持ってレースに臨んでいた。
ファンファーレが鳴り、馬達が順番にゲートに入って行く。
陸奥騎手が促すとジンライフウレツは落ち着いててゲートに入り全頭が入るのを待つ。
ゲートも大丈夫だし問題ないな。
問題なくゲート入りしたので後はスタートを待つだけだ。
そしてゲートが開きレースが始まった。
ゲートが開くと全頭問題なくスタートした。
ジンライフウレツはそのまま加速をしていき先頭から5番目あたりの外目の位置についた。
予定通りのところにつけることができた。このまま 順調に行ってくれよ。
レースになっても掛からずに順調に走り続けてくれているので、陸奥騎手も余裕を持ってレースを行うことが出来た。
そして、第3コーナーから第4コーナーを回り最後の直線に向かうと最後の鞭を入れた。
鞭を入れられたジンライフウレツは一気に加速して前の馬を捕らえ、 追い越していくとそのまま後ろを置き去りにしてゴールした。
「よしよくやった」
陸奥騎手は期待通りの結果を出すことができてほっとしながら馬に止まるように促した。
「1着になってくれたか」
赤城調教師は前評判通りの結果に満足した。
素質はあると確信している、調教の前評判も高い、関係者からも注目されている。厩舎としても9割方勝てるとは思っていた。
しかし、実際にレースになればどんな結果になるのかは分からない。
騎手時代に圧倒的な1番人気の馬の新馬戦に乗って全く走らなかった事も、調教師になって自信のあった新馬戦で惨敗した事は何度もあった。
何度経験しても新馬戦の緊張に慣れることは無いが、無事に1着でゴールしてくれたことを喜んだ。
「とりあえずジンライフウレツは勝ってくれた。 次は明日のカナヅルコトヒメか」
厩舎の馬がもう一頭走るので今日のレースはまだ終わっていない。だが、明日のカナヅルコトヒメの新馬戦に意識は向いてしまう。
今日のジンライフウレツのレースが最高のレースだった為に、明日のカナヅルコトヒメの新馬戦も人気が集まると思うが、カナヅルコトヒメを調教していたスタッフにとってはプレッシャーでしかない。
人気に応えるレースをしてくれるかどうかと不安が大きくなるばかりだ。
心配が募るばかりで頭を痛くしながら、赤城調教師はレースを終えたジンライフウレツと陸奥騎手の下に向かった。
浅葱オーナーは初めての馬のデビュー戦を勝つことができて静かに喜んでいた。
「おめでとうございます浅葱オーナー。初めての馬が勝つとは、凄い強運ですね 」
周りで見ていたオーナーも初めての勝利を挙げた浅葱オーナーに祝福の言葉をかけた。
「ありがとうございます」
周りの言葉に返事をしていると
「明日の新馬戦にも出走するそうですね」
「双子のデビュー戦ですからね。 競馬ファンとしてもこれは見逃せませんよ」
「とても興味深いですよ。私の馬は出走しませんが、明日のレースは見に来ようと思っています」
周りのオーナーは明日のもう1頭の双子のデビュー戦に興味津々だった。
「弟のジンライフウレツと陸奥騎手は見事なレースを見せてくれました。姉のカナヅルコトヒメも同じく勝ってくれたならファンの人たちも喜んでくれるでしょうから、大和騎手とカナヅルコトヒメには頑張ってもらいたいですね」
浅葱オーナーは内心では明日のレースの不安を抱えていたが、顔には出さないように気をつけながら周りに言葉を返した。
そして祝福の言葉を後にして口取り式に出るためにウィナーズサークルへ向かう。
ウィナーズサークルへ向かうとそこにはすでに赤城 調教師と陸奥騎手、そしてジンライフウレツが待っていた。
記念撮影が終わると陸奥騎手は次のレースがあるため、すぐに去って行った。
残された浅葱オーナーは赤城調教師と今日のレースについて話し合った。
「今日はありがとうございます。こうして初めてのレースで1勝する事が出来ました」
初めての所有した馬で勝利することができた。こんな馬に出会えた幸運と、中央でのデビューを進めてくれた赤城調教師に感謝の言葉を伝えた。
「いえ、私もこれ程の素質ある馬を預けていただいてありがとうございます」
素質があると思っても、活躍する馬に育ってくれるとは限らないのが競馬の世界だ。
そのため、まず1勝出来たことに安堵していた。
しかし、ここで気を抜くわけにはいかない。まだ 本番とも言えるレースが明日に残っているのだから。
「カナヅルコトヒメの様子はどうでしょうか」
「ジンライフウレツと一緒に輸送したおかげか大人しくしています。輸送も問題なく行えました。後は、 明日のレースを待つだけです」
「大和騎手はまだ来ていないんですね」
「はい。飛鳥は京都競馬場でレースがありますので、今夜こちらに来ます。会うのは明日のレース後になりますね」
「ジンライフウレツが勝ったことがプレッシャーにならなければいいのですが」
双子の1頭が勝ったということでカナヅルコトヒメも勝たなければいけないと気負わないかと浅葱オーナーは心配していた。
「おそらく大丈夫でしょう。あれで思いっきりの良い性格ですからね。乗ると決まったら後は開き直って勝つことだけを考えて、明日のレースに備えているでしょうから」
赤城調教師も馬と騎手に不安はあった。だが、カナヅルコトヒメがちゃんとレースをしてくれれば悪い結果にはならないという自信もあった。
浅葱オーナーも専門家である赤城調教師の言葉を信じて明日のレースを楽しみにした。
それでも明日は家族も見に来るので、勝てるのだろうかという不安は消えなかった。




