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悠久の流水  作者: 中山


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11話

大変なことになった。

最近の大和騎手の頭の中はその言葉でいっぱいだった。

カナヅルコトヒメの調教に乗せてもらってから、その後もカナヅルコトヒメの調教に乗せてもらう日が続き何事も無く乗ることができた。

調教に乗れない日は今まで通り加賀騎手と羽黒調教助手が乗っていたが、やはり大和騎手ほど安心して調教を行うことが出来なかった。

大和騎手は特別何かをしたわけでは無いのに自分だけ大人しく騎乗できる事を不思議に思ったが、これが相性が良いという事なのかと考えて日々カナヅルコトヒメの調教を楽しんでいた。


そんなある日、赤城調教師に呼ばれるとカナヅルコトヒメの新馬戦の騎乗が決まったと伝えられた。

最初は何を言っているのか理解できずに黙ってしまったが、 もう一度言われると驚きの声を上げてしまった。

「私がカナヅルコトヒメの新馬戦に乗るんですか」

「そうだ。最初は光輝か武雄のどちらかにと思っていたが、調教を見てレースに乗せるのは飛鳥の方がいいんじゃないかと武雄も言っていてな」

「加賀さんがですか」

加賀騎手がまさか自分を推薦するとは思っていなかった。優しい先輩ではあるが、調教で気を抜いていたり、レースでおかしな騎乗をすれば直ぐに注意する競馬には厳しい先輩だ。

そんな加賀さんが技術が未熟な私を厩舎で一番苦労しているカナヅルコトヒメの新馬戦の騎手に推薦すとは思ってもいなかった。

「カナヅルコトヒメは癖のある馬だからな。武雄も自分が乗るより飛鳥の方が安心できると思ったんだろう。それに、お前もまだまだ未熟ではあっても普通の新馬戦なら任せられるぐらいには成長しているんだもっと自信を持っていい」

赤城調教師もカナヅルコトヒメの新馬戦に乗せることに不安を抱えてはいても、飛鳥が成長してうまく乗れるようになっていることはちゃんと評価していた。

だからこそカナヅルコトヒメに乗せよう決めたのだ。

「それに、浅葱オーナーも飛鳥には良い印象を持ってくれているぞ 」

「浅葱オーナーがですか?」

「カナヅルコトヒメに乗れるように努力しているという話をしたらとても喜んでいたよ。オーナーも納得してくれているのだから自信を持って乗ればいい」

カナヅルコトヒメの新馬戦に乗ることを浅葱オーナーの了解も得ている。願ってもいないカナヅルコトヒメの騎乗機会がやってきたのだ、こんなチャンスは二度と無いだろう。

大和騎手に辞退する理由など無くカナヅルコトヒメの新馬戦の騎乗を了承した。




赤城調教師とのやり取りを思い出しながら、まさかそんなふうに思われていたとは思わなかった。

「言えないなぁ。カナヅルコトヒメが厩舎に来る日を勘違いして覚えていたなんて 」

大和騎手は美浦に行く前の加賀騎手との会話を思い出した。


大和騎手は赤城調教師と加賀騎手に美浦に行く前の最後の話をした。

「飛鳥、明日から美浦に行くが向こうに行っても失礼なことがないようにするんだぞ」

「はい」

「美浦の土佐先生にはもう話はしてあるからな。

土佐先生は穏やかだし飛鳥も以前紹介しているから大丈夫だとは思うが、勉強のためだけではなく厩舎の馬に乗せてもらえるのだからしっかり乗ってくるんだぞ」

「向こうには高敏もいるから色々と教えてもらって来るんだぞ」

美浦の土佐高敏騎手は加賀騎手の同期で騎手学校時代からの付き合いがある。

そして土佐正敏教師は土佐高敏騎手の叔父にあたる人で、その繋がりもあって加賀騎手も馬を任せてもらうことがある昔からの付き合いのある厩舎になる。

その繋がりもあり、今回大和騎手が美浦で滞在する間預かってもらうことになったのだ。

「大丈夫ですよ。少しでも上手くなるためにやれる事は何でもやって、土佐厩舎でも色々勉強してきます」

加賀騎手の紹介で美浦に滞在するのだから、絶対にうまく上手くなるきっかけを見つけてこようと大和騎手は、やる気をみなぎらせていた。

「しかし、カナヅルコトヒメが厩舎に入厩すると決まってから変わったな」

「そうですか?」

「前が不真面目だった訳では無いが、カナヅルコトヒメの事を聞いてから厩舎の少し難しい馬に乗せてもらえるように頼んできたり、他の騎手に気性難の馬をどうやって御しているのかを聞いているのをよく見るようになったからな」

大和騎手は自分では気づいていなかったがカナヅルコトヒメに乗せてもらえるように癖のある馬について周りに聞いており、その姿を加賀騎手もよく見ていた。

「カナヅルコトヒメをそんなに気にしているんだな」

「写真や映像を見ただけでもすごく可愛いんです。実物を見たらもっと好きになると思いますよ」

厩舎に来たら調教でもいいから乗せてもらいたいと、周りにも話しているほどだった。

「もうすぐジンライフウレツとカナヅルコトヒメが来るのに、その前に美浦に行くと言うんだから、乗るための努力は惜しまないという本気を感じるな」

「はい。乗せてもらえるように何でもやりますよ」

反射で加賀騎手に言葉を返したが、直ぐに意味を理解すると一瞬言葉が止まった。

そのことに気づかず加賀騎手は言葉を続ける。

「まあ2頭が来たら厩舎はしばらく騒がしくなるだろうからな。マスコミや周りの厩舎関係の人達も興味津々だから、その前に美浦へ行くのはちょうどいいかもしれないな。あっちの方なら集中して馬に乗れるだろう」

加賀騎手はこちらの厩舎は慌ただしくなって集中できないだろうから、あちらで調教の手伝いをするのはいいタイミングだろうと今回の決断を賛成していた。


大和騎手はその言葉を聞きながら、別のことを考え

いた。

カナヅルコトヒメが来る日を間違えた。

カナヅルコトヒメが厩舎に入厩するのは美浦から栗東に帰ってきた後に入厩すると思っていたのに。

大和騎手はカナヅルコトヒメが厩舎に来る日をを間違えていた。

カナヅルコトヒメが厩舎に来るのはまだ先だと思っていたから、この時期に美浦に行こうと決めたのだ。

来ると分かっていたら、カナヅルコトヒメを見てから美浦に行けるように頼みこんだのに。

勘違いしていたために帰ってくるまでカナヅルコトヒメに会うことができないことにショックを受けていた。

しかし、そんな感情は顔には出さずにいた。

カナヅルコトヒメが栗東に来る日よりも前に美浦に行くことを希望した事を、カナヅルコトヒメを見ることよりも乗せてもらえるように騎乗技術を上げることを優先しているのだと加賀騎手や赤城先生に思われているのだとここで初めて知ったが、そのことは胸に秘めて加賀騎手の話を聞いていた。

そしてカナヅルコトヒメに会えない事に後ろ髪を引かれながら栗東を離れて美浦の土佐厩舎に行くことになる。

土佐厩舎にお世話になっている間も栗東に入厩したカナヅルコトヒメとジンライフウレツの噂は聞いていたが、少しでも良い成績を上げて、カナヅルコトヒメに乗せてもらえるように評価を上げようと気持ちを切り替えて美浦での日々を過ごした。


そうして栗東に帰ってきたのだが、まさかカナヅルコトヒメに初めて会ったら、その日のうちにカナヅルコトヒメの調教に乗ることになるとは思いもしなかった。

その後も、何度も調教に乗せてもらえるという予想外の展開が待っていた。

慌ただしい日々が続いていたが乗れると思っていなかったカナヅルコトヒメの調教に乗ることができる充実した日々を送っていた。


そして先日、カナヅルコトヒメのデビュー戦に私が騎乗することになったと赤城先生に言われた。

カナヅルコトヒメのレースに乗れることに驚きとともに喜びもあった。

ただ、選ばれた理由の一つがカナヅルコトヒメが入厩するのに、腕を磨く為に美穂に長期滞在するという、その意気込みを浅葱オーナーや赤城先生、加賀さんが自分の想像以上に高く評価してもらっている事に少々後ろめたさを感じた。

カナヅルコトヒメを気にしなかったのではなく、単純に来る日を忘れていたからだ。もし来る日を覚えていたら、美浦に行く日をずらせないか相談していただろうと思う。


「けど、乗せてもらえると決まったのだから頑張ろう」

多少の後ろめたさはある。

けれどカナヅルコトヒメの調教では問題なく乗れているわけだし、赤城先生もレースに乗せても大丈夫だと判断したから乗せてもらえるのだと前向きに考えた。

折角チャンスが向こうからやってきたのだから切り替えて、カナヅルコトヒメのデビュー戦に集中しようと、カナヅルコトヒメにどうやって乗るかを考え始めた。



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