第52話 見学
アルベルトを家に招き、今後の付き合いを円滑にするため、敢えて『異世界人』であることを明かしたマサシ。
驚くだろう、むしろ信じないかも知れない。そう思っていたマサシだったが、アルベルトはマサシが手渡した写真アルバムを一通り眺めていたのもあり、マサシの言葉を真であると簡単に信じていた。
契約魔術を使用してまで契約した機密保持。これほどの情報ならさもありなんと納得していたのだ。
さて、一通り事情の説明が済んだマサシはいよいよ蜂蜜や素材の話を……と、なるはずだったが、アルベルトたっての願いで家の見学をさせられていた。
「転移魔術を見せられた時点で君が何をしようと、言い出そうとそれは真実で実現すると信じられると確信したし、なにより異世界人だというのであれば、さらに信用ができるというものさ。それよりも……なによりも……先に家の中を見せてくれないか!」
食い気味に迫られ、勢いに負けてそれを許可するしか無かったマサシ。とは言え、別に断る理由はなかった。
さらに言えば、アルベルトの提案も悪いものではなかったのだ。
「先に言っておくけど、僕は商人だ。だから君の家にあるものを見て、これは実現可能な異世界技術だと感じたものは好奇心から再現したくなるだろう。しかし、契約抜きで僕は……」
「ああいや、別に構いませんって。特にあちらの世界のものをこちらに持ち込むなっていう制限があるわけでもないし、それにこの家にあるのは概ね生活用品で、戦争につながる危険な道具は無い……はずです」
マサシは自分の考えをアルベルトに改めて説明する。
先に行った通り、自分がこの世界で快適に暮らすためになる事であれば惜しみなく情報は提供する。
それに関して地球の道具を再現しようとする際、第三者である技術者に情報が漏れることがあるなら、それは可能なら契約の変更、無理であれば元の契約を破棄した上で改めて契約をし直せば良い。
そしてマサシ自身、ある程度生活が保証されれば特にそれ以上の欲はなく、地球の情報から齎される利権を完全に囲うつもりはない、自分が許可を出して公開した情報に関してはアルベルトの裁量に任せる。
そして最後に、どのような形にせよ、この世界の戦争に変化が起こるような、技術革新をもたらすような情報はもたらしたくない、最後にそう言ってアルベルトに頭を下げる。
「手に余る力は身を滅ぼす原因になりますが、うまく付き合える物であればその限りではありません。僕は真の意味で余所者です。なのでアルベルトさん、貴方を良きパートナーとして改めて今後もお付き合いしていただきたく思います」
それを聞いて逆にかしこまるのはアルベルトだ。
「いやいやいや!頭を下げるのはこちらだよ!どうか頭を上げて下さい。良きパートナーとして末永くお付き合いしたいのはこちらなんですから……!」
そんな二人の会話を見てリリィが妙な笑顔を浮かべる。
(なんだか……不器用な2人のプロポーズを見てる気分だわ……ぐふふ……)
リュカも同じようなことを考えてしまったようで、顔を赤くして俯いている。
(やれやれ……旦那様ももう少し言葉を選べばよろしいのに……)
ライオットすら苦笑いを浮かべている。会話の妙に気づかないのは当事者ふたりだけであった。
結果的にアルベルトとの話し合いはスムーズに終わり、マサシが持つ異世界の所有物や知識を元に何かを作った際、売上から一定の割合がマサシに支払われるという契約を後ほど結ぶことに決まった。
マサシとしてもこの方式はありがたかった。カネになるかどうかわからない技術を高い金で買い取られても失敗したことを考えると胸が痛むからだ。
というわけで、マサシはずらずらと人を引き連れ、身近で違いがわかりやすいキッチンへ来ている。
この世界にも上下水道はきちんと存在している。流石に浄化されそのまま飲める水というわけでは無いが、水を汲み上げる蛇口と同等の魔導具がある。
逆に下水道はある意味地球より優れていて、キッチンの排水口やトイレから落とされた『物』や水は下水道内に生息するスライム達により分解・浄化された後、川に流れ込むようになっている。
マサシはこれを聞いたときに(ラノベあるあるですな)と納得していたが、トイレで用を足す度、なんだかお尻が落ち着かなくなっていた。
したがって水道に関しては生水がそのまま飲めるくらいしか驚かれることは無かったが、水道に付属している技術に関しては別だった。
「この青いレバーを押すと水が流れますが……、水を出したまま赤いレバーをゆっくりこちらにひねって下さい」
「水が出る魔導具だろう……?他に何が……むっ!これは……お湯か……?」
給湯器、流石にこの技術は存在していなかった。火属性の加護を持つ石は熱を放つが、魔術的な制御が今ひとつうまく行かず、調理や風呂に使うその石はうまく魔導具に組み込むことが出来なかったのである。
調理の際に活躍するのがその石だが、それに変わる存在、IHコンロ。見た目はただの台でしかないため、フライパンを乗せるマサシを不思議そうに見ていたリリィだったが、やがてパチパチと油が跳ねる音が聞こえ始めると驚いた顔を見せた。
きちんと熱が発生している証拠にと、冷蔵庫から玉子を取り出し、手早く甘い卵焼きを作ると、
「はいどうぞ、せっかくなので召し上がって下さい」
と、リリィにそれを差し出した。まだ何か信じられないという顔をしていたリリィだったが、恐る恐る卵焼きを口にし、顔を蕩けさせていた。
「あ、ちなみに今玉子を取り出したのが冷蔵庫と言って、中に入れたものを冷やす道具で、この中段はそれより温度が低い冷凍室で……」
気軽にあれやこれやと説明をするマサシに既に3人の理解が及ばなくなってきていた。
そしてマサシは止めの一発を使ってしまう。
「で、この冷凍室に入っているのがこの……冷凍食品です。これは長期保存を目的とした加工食品で、その名の通りカチコチに凍っています」
マサシが取り出し、3人に見せたのは冷凍のエビグラタンだ。華やかな包装にまず目を奪われていたが、そこから出てきた物は石のように固く凍り、どう考えても直ぐには食べられそうがない代物。
(あの包み紙の写真をみるからに、あれはきっと美味しいものだ……ああ、食べたかったなあ)
流石にこれは見せるだけなのだろうと、リリィががっかりしていると……
マサシは『グラタン』を何か戸棚のようなものに入れる。それに触れる度、何やら音がすることから何らかの調理器と3人は推理をするが、いくらなんでもアレがそんなに速く食べられるとは思えなかったため、他の場所を見て戻って来る頃、いい香りがしてくるのではないか、そう思っていた。
が、間もなくブゥンという低い音が聞こえてきたかと思うと、マサシは何やら光る場所を指さした。
「ここの数字が0になったら完成ですよ」
指し示した部分は徐々に表示が変化していた。マサシが『数字』と呼んでいたことから、この文字は時間を現しているのだろうとアルベルトは判断し、およそどのくらいかかるかたずねる。
「そうですね、全体で4分……あっと、時間の単位は……ああ、翻訳されてるのか……ええと、4分ですが、今喋ってる内に残り2分になってますね」
「「「2分?」」」
この世界における1日や1月、1年の長さは厳密には地球と異なっているのだが、翻訳スキルの妙でそれは補われている。そしてやはり4分という、雑談をしている内に過ぎ去ってしまうだろう短い調理時間であの氷塊が料理として蘇るという事はにわかに信じられなかった。
しかし、賑やかな音とともに調理終了が告げられ、マサシが扉を開くとモワッと熱い湯気が吹き出してきた。
「むむ、すごいなこれは……この中は非常に熱くなるのですか?」
「そういうのもありますが、これは厳密にはちょっと違う仕組みですね。説明が大変なのでそこは申し訳ないですが……」
アチアチとグラタンをテーブルに乗せ、3人で少しずつ味見をして感嘆の声を上げていた。
(キッチンだけでこれだ……一体他の部屋に行ったら我々はどうなってしまうのだろう?)
アルベルトは異世界の怪しげな屋敷に興味が尽きぬ反面、自分の心臓が持てば良いなと苦笑するのであった。




