第50話 謎の菓子
アルベルトとその執事『ライオット』とメイドのリリィの3人と契約魔術を取り交わし、マサシは機密の保持を約束に自宅に招待することにした。
巣を始めとした大量のレッド・ホーネット素材の解体、あまりにもありえない速度で解体を終えているその理由について説明を求められたが、マサシはうまく説明というか、誤魔化しが出来ないと早々に諦め、であれば包み隠さず見せてしまえと、半ばやけくそ気味の判断で自宅に3人を連れてきたのだったが……。
「君が何処かに拠点をもっているのではないか、そう考えてはいたけどね……ははは、これは僕の予想を大きく超えているよ……」
「見て下さい旦那様!見たことがない魚が沢山泳いでいますよ!」
「いやはや……ここは一体……?このような広い土地に家が一軒だけ……?」
周囲の景色に夢中になっている3人にマサシは苦笑しつつも、まあ仕方がないかと暫くの間そのままにしておいた。結果として、その御蔭で3人は少なからず転移のショックからきちんと立ち直り、この後さらに襲い来るショックを耐え抜くことが出来たわけなので、決して無駄ではなかったのだ。
「見た目は少々変わっているけど、基本は……って、流石はマサシくんの家だね。見たまえ、君達。家の窓を!わかるかい?ああ、そうだね……全て美しいガラスで覆われているよ……」
「……旦那様、あそこ凄いです。あんなに大きなガラス見たことがありません」
家に入り、家電を見たら多少は驚かれるだろう、そう考えていたマサシだったが、これは予想外だった。その点リュカや銀の牙はノーリアクションだった。リュカはともかく、銀の牙は(まあ、金持ちの家ならこんなもんなんだろう)と、ガラスの価値をいまいち分かっていなかったため、特に気にすることはなかったわけだ。
価値を知っているものが見て初めて驚くのがマサシの家なのである。
靴を脱いで室内用の履物に履き替えるように説明し、取り敢えずリビングに3人を案内する。
マサシからすれば3人共客であるため、平等に扱いたいのだが、ライオットとリリィからすれば主であるアルベルトの手前、一緒に座ろうとは考えられず、ソファに座るアルベルトの両脇に控え、立ったままマサシを待っていた。
それに苦笑いをするのはお茶を手に戻ってきたマサシである。立ったままお茶を飲んでもらう訳にはいかないと、なんとか説得をして2人にも座ってもらい、茶菓子を添えて紅茶を薦めた。
「色々と気になるものはあるかと思いますが、まずはお茶をどうぞ。あ、そちらの茶菓子は包み紙にくるまれていますので、この様に開けてから召し上がって下さい」
マサシが出したのは船の模様が刻印されたチョコがビスケットとくっついているものだ。それぞれ袋で個別包装されているため、この世界の人から見れば言われるまで食べ物だとはわからないことだろう。
(そもそもお菓子という概念が発展して無いんだったな……)
製紙技術や印刷技術があり、香辛料も庶民が使えるまで普及していて、いわゆる現代知識チートをしにくいレベルで文明が発達している世界であったが、どういうわけか砂糖というものに未だたどり着かず、甘味というものは精々、果物由来の物を味わうくらい。
生食だったり、ドライフルーツにしてみたり、果実水にしたり。更に発展させて果物を生地に混ぜて焼き上げた菓子を食べている貴族も僅かではあるが居るらしいのだが、どうもそこまで旨いものでは無いようだ。
そしてそれをさらに良くしようと研究するような事もなく、ごく一部の物好きが僅かに食べているものだという認識が強いのだ。
さて、目の前に出された茶菓子に興味を向けるのは流石商人といったところか。アルベルトはマサシに菓子の説明を求めた。
「これはチョコ菓子というものなのですが、カカオと呼ばれる植物由来の原料を使った甘みが強い菓子です。俺はカカオの加工方法をキチンと知っているわけではないので説明は省きますが、カカオそのものは非常に苦く、砂糖を混ぜることで甘みをつけているのです」
「出来ればもう少し詳しく聞きたいところだけど……この小麦か何かで出来てそうなパンのような生地とかね……」
と、なんとか情報を聞き出そうと頑張りながら、アルベルトは器用に包み紙を開けていく。小袋から半分を程姿を見せたチョコ菓子を見て感嘆のため息をつく。
「ほう……凄いなこれは……船だ。ここまで立派な帆を持つ船は見たことがないが、なによりその船をここまで緻密に彫っているなんて……なあ、マサシ君、これは本当に食べ物なんだよね?」
見事な彫刻も食べてしまえば無論、無くなってしまう。どれだけ手間を掛けて作ったのかは分からないが、食べ物にここまで手をかける者が居るのだろうか?アルベルトは納得がいかない顔をしている。
「ううん……まあ、後で詳しく話しますが、そこは気にしないでください。船の彫刻……のようなものはあくまでおまけですので……」
一番気になる部分を気にするなと言われ、アルベルトは苦笑いを浮かべる。しかし、これは興味深いが食べにくい。毒があるとかそういう話ではない。ここまで美しいものをあっさり口にしてよいのだろうか、アルベルトは頭を悩ませていた。
可愛らしく作られたウサギを模したお菓子を『何だか可愛そう』と食べにくく思うのと同じような感情がアルベルトに生まれていたのだ。
そして悩んだアルベルトはリリィにそれを手渡した。
「えっ?旦那様?」
「ふふ、マサシ君が毒を出すとは思えないから毒味とは言わないよ。そうだね、未知の食べ物を始めに味わう名誉を君に譲ろうじゃないか。普段から頑張っているご褒美だよ」
嘘だ。リリィはそう思った。アルベルトの表情はやや悪い顔をしていて、これは押し付けられたのだろうとリリィは見抜いた。しかし、なぜ押し付けてきたのだろうか?色合いは確かに綺麗ではなく、どちらかと言えば食欲を誘わない。
しかし、甘ったるく漂う香りはリリィの興味を引くには十分で、
「では、お先にいただきます」
特に船の模様に触れることもなく、ぱくりと一度に口に入れてしまった。
口に入れた瞬間、目をパッチリと見開いて、味わうようにゆっくりと咀嚼。そして其れが終わると名残惜しそうにゆっくりと最後の一欠片を飲み干して、うっとりとした顔で感想を述べる。
「これは……恐らく嫌いな人は居ないのではないでしょうか……はあ……なんて物をマサシ様は……」
それを聞いたライオットも興味が湧いて仕方がなかった。
「旦那様……」
自分も食べてよいか?暗に許可をもらうべく声をかけたライオットにアルベルトは首を縦にふる。
そしてライオットと二人、恐る恐る口に入れた。
「「!」」
以後、アルベルトによってチョコの説明を細かくさせられることとなる。もしかしたらこの世界にもカカオと似たようなものが何処かにあり、それを使ってチョコレートを作れる日が来るかも知れない。
リリィの援護射撃も相まってとうとう参ってしまったマサシは、後ほど詳しい情報を教えると約束をし、さて、なんでこの人達をここに呼んだのだったかと目的を忘れかけてしまうのであった。




