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「桜が見たいだあ?」

「はいっ!」

 お前……父親に虐待されてたんじゃねえのか?

 虐げられて、自分の意見なんてまるで通らないような家庭で生活していたのじゃなかったのか?

 なんとも自由な振る舞いである。

 まあ確かに、桜前線はちょうど白木丘周辺を通過しているし、白木丘より北に位置するこの辺りの桜も、三分咲きくらいには咲き始めている。

「まあ、もうちょっと先だな。せめて八分咲きくらいになったら――」

 なったら?

 そこで俺は口を噤んだ。

 なったらなんだというのだ。俺が? 西野美弥を連れて? 桜を見に?

 冗談じゃない。ふざけるなと一笑に付すレベルだ。何故俺が。

「連れて行ってくれますね! 約束ですよ! 指切りげんまんですよー! 嘘ついたら針千本飲ましますよ、お母さんが私にしたみたいに」

 後半声を低くして付け足された言葉に、頭をガツンと殴られたような衝撃を受ける。恐らく事実を言っているのだろう――西野の言葉にはまるで嘘を言っている風は感じられない。

「まあ一本も飲み込みませんでしたけど……」

 どうやら、実行はされていたらしい。本当に。

 虐待は案外、父親より母親からの方が酷かったのかもしれない、のか。父親も非道で鬼畜なことをしていた節はあるが。

 実行して完遂したという点ではやっぱり父親の方が酷いということになるが、そうなると西野美弥がここまで明るく、父親(だと勘違いしている俺)に対して振る舞うのは少し不思議でもあった。俺は虐待されたこともない、し、したこともない――とはちょっと諸事情によりあまりはっきり言い難いが、まあとにかく、虐待されている子供というものを見るのは初めてであるので、こういうものなのかとも思う。父親、というか虐待される相手に対して媚び諂い、取り入ろうとする姿勢。確かに俺が知る西野美弥は、少なくとも虐待したくなるような性格ではなかった。

 そう考えると西野は、これでかなり、したたかであるらしい。本来知る必要も無く知る機会も無く、知っていてはならない知識を。虐待されにくい方法を、彼女は身に着けている。

 なるほどやはり。


 西野美弥が虐待されていたというのは純然たる事実であるらしい。

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