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第六話 血が煮えくり返る



 行軍のヤサンがケビンの寝床に入ってすぐの事である。

 あまりの静けさに耳鳴りが始まったダビンは苛立たし気に荷車に腰かけた。

 世界がひっくり返ったような異常事態だが、自身は何も出来ない事に腹立たしさを覚えていた。

 その時だ。

 静寂を滑り混じりの足音が犯す。

 続けざまに、強烈な獣臭がダビンを襲った。

 異常に次ぐ異常。

 ダビンは左手に持つ血鎌を強く握りしめる。

 荷車に立ち、周囲を見渡したダビンは目を疑った。

 ケビンの大通りとドナイ川の間に異形が居たからだ。

 一見では、黒の塊と見える。

 二見でようやっと、それが全身より狼の部位が突き出している人間と分かった。

 三見する頃には、その異形が目と鼻の先まで迫って来ていた。

「Aaaaaa!!」

 狼が吠えるには人間臭く、人間の雄叫びとしては獣臭いその声と共に真っ正面からダビン目掛けて黒い塊が飛んで行く。

 無意識に左手を振るっていた。

 固い金属音ととんでもない衝撃がダビンを襲う。

 衝撃の余りダビンは荷車から放り出された。

 何とか着地をきめたダビンは自身の左手に違和感を覚える。

 凝視した。

 血鎌から血管のような管が自身の左腕に突き刺さっているのだ。

 異常に次ぐ異常に次ぐ異常。

 ダビンは混乱の只中であったが、黒い塊は殺気を迸りながら迫りくる。

 死が迫る。

 ダビンは無意識に血鎌を強く握る。

 血鎌はそれに応答した。

「あぁぁぁ!!」

 今度はダビンの口から雄叫びが上がった。

 振るった血鎌は小型な草刈り鎌では無く、いつの間にか赤黒い大鎌へ変化している。

 それを縦横無尽に黒い塊へ振るう。

 縦、横、斜め、引き、押し、切り払う。

 ダビンは血鎌から殺戮の記憶を送られ続けている。

 今まで血鎌保有者が体験した死闘の数々をダビンは追体験し、それに伴って血鎌による攻撃がさらに過激になっていく。

 黒い塊は、身にまとった狼の部位を削られながらも薄ら笑いを浮かべる。

 まるで、時間切れを待つかのように。

 ダビンは黒い記憶を捌きつつ、黒い塊に対して致命打を与えられない事に焦りを覚えていた。

 何せ削った狼の部分が大鎌を数回振るう間に復活しているのだ。

 ジリ貧である。

 ふと、斬撃の雨が止む。

 黒い塊はこれ幸いとダビンへ迫ろうとした。

 だが、叩きつけるかのような殺気を受け、黒い塊はその場に縫い付けられた。

「やっぱり手前ぇ等だったんだなぁ。 おいよぉ。 クソがよぉ。 ぶっ殺す!」

 ダビンは血涙を流しながら激情を叫ぶ。

 血鎌は歴代使用者の記憶を体験させていた。

 その中には、血鎌のナーシルが行ったダビンの両親殺害の記憶すらあった。

 嗤いながら、父を切り刻むナーシルの悪行を。

 逃げ惑う母を射殺す老齢のマルコシアスの嘲笑う声も。

 目の前に居るのに助けられない屈辱で奥歯が軋む。

 嘲笑う者達を縊り殺す事が出来ない事に眩暈がする。

 もうこの世に血鎌のナーシルは居ない。

 既にあの小僧によって、殺されているからだ。

 だが、もう一人。

 そう、もう一人居るのだ。

 黒い塊を削り取り、見えた男の顔。

 くそったれな記憶を押し付ける、この血鎌の記憶に登場する男。

 老齢のマルコシアスの顔が、黒い塊の中にあったのだ。

「仇がのこのこ来やがった。 やる事は一つだよなぁ!」

 血鎌が唸りを上げた。

 その攻撃の規模は、もはや線の攻撃では無く面の攻撃となっていた。

 血鎌は所有者の血液を呑み、姿を変える。

 通常であれば、最大でも大鎌程度の大きさまでしか姿を変えない。

 何故なら、所有者の血液保有量に限界があるからだ。

 だが今の血鎌はもはや鎌と呼べる代物では無くなっていた。

 大鎌の刃の部分が二つになり、その刃が噛み砕くように向かい合っている。

 太さも増しているが、それよりも鎌を振るった瞬間に発生する無数の斬撃が厄介であった。

 マルコシアスは両腕を犠牲にする事で一撃は耐える事が出来たが、自身の敗北をひしひしと感じ取っていた。

 ダビンは血鎌を振るう。

 己が仇を討つために。


 

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