第五話 その羽根は心より重く
ケビンの寝床は玄関から宿泊客の飲み食い用テーブルが並んでいて、深夜まで吟遊詩人や飲兵衛達の喧噪が続いている。
それが普段の光景であった。
ヤサンが玄関を潜り抜けると、静寂が出迎えた。
テーブルには数名の飲兵衛が飲み始めているが、総じて動きを止めている。
ヤサンは何処か申し訳なさを感じつつ、奥にあるカウンターへ目を移した。
カウンター奥に居る初老に差し掛かったであろう男が身じろぎ一つせず見つめ返してくる。
「すまんな、大分待たせたみたいで」
ヤサンはなるべく刺激しないよう落ち着いた声で話しかけた。
初老の男性はゆっくりと落ち着いた声色で返す。
「いえ、早すぎる位ですよ。 私達の番はまだ先だと思っていたのですが」
重く瞬きをして、初老の男性はヤサンを見つめなおす。
一つ溜息を飲み込み、初老の男性はカウンターから離れゆっくりと奥へ移動し始めた。
それに追従するようにヤサンも奥へ歩みを進めていく。
初老の男性はヤサンに背を向け歩みながら語り出す。
「私の妻は大事な場面で毎度失敗する要領の悪い奴でして、結婚して何度苦渋を舐めた事か分からない位苦労をさせられました」
初老の男性は何処か哀愁を込めて語り続ける。
二階へ続く階段がギシギシと軋みを上げる。
「それでも、金銭に執着していた私を一端の人間にしてくれたのは妻のおかげです。 彼女と結婚出来て私は一切後悔していないのです」
初老の男性は扉を開き、磨かれた金貨を入ったケースを手に取りさらに奥へ進んでいく。
ヤサンは気付く。
この薄暗い部屋の窓がはめ殺しされている事に。
一階には朝日と夕日両方入るように窓が付いていたが、この部屋はまるで必要最低限の窓しか無い。
その窓も、中から外へ出ないようはめ殺しされているのだ。
「今から五年前でしょうか、私達夫婦に子宝が恵まれたのです。 私もいい歳ですので諦めていたのですが、妻の妊娠が発覚した時は小躍りしたくなるほど嬉しいものでした」
奥へ進み続けると、重厚な扉が出迎えた。
明らかに住宅で使用されるはずのない分厚い扉だ。
まるで、中の音を周囲へ漏らさないように作られているように感じる。
初老の男性は扉に付けられたコイン一枚は通るであろう隙間へ一枚一枚磨かれた金貨を流していく。
「妻は私以上に嬉しかったのでしょう。 部屋で飛び跳ねながら喜んでしました。 えぇ、まるで鳥の様に」
最後の金貨を入れると、初老の男性はゆっくりと振り向いた。
その目は悲哀を詰めていた。
その口は言いあぐねるように唇を噛む。
ヤサンは初老の男性の言葉を待つ。
決心したのか、初老の男性は言葉を紡ぐ。
「妻は飛び跳ねた体制で固まりました。 禁則事項である両足を曲げ手を広げて跳んではいけない事を破った結果です」
初老の男性は扉を開く。
羽毛が咳を切ったように飛び出した。
白色や茶色といった統一の無い羽毛が部屋のあちこちに散らばっている。
その中央にひと際大きい羽毛の塊がある。
ヤサンは眉間に皺をよせその塊を見る。
「サイカ、番人が来られたよ」
初老の男性は塊へ声を掛けると、その塊は蠢き出した。
種類がバラバラな鳥のかぎ爪が磨かれた金貨を握っている。
そして、塊の中から一人の女性が現れた。
その女性は一目で異常だった。
身体中至る所から鳥のパーツが飛び出しており、身じろぎ一つ出来ない状態であった。
一体全体何羽の鳥が彼女の身体に合わさったのか検討がつかない程異様な光景であった。
その女性は鈴が鳴るような声を鳴らす。
「初めまして。 こんな姿で申し訳ありません。 私は鈴蘭のサイカと申します。 見ての通り禁則事項を犯したせいで終わってしまってますが、ロビンの妻です」
ヤサンは鈴蘭のサイカを見つめる。
口は無事なようだが、それ以外がもう既に手遅れだった。
左耳から鷲の頭が半分程生えており、両目からは白鳥の羽根が生えている。
両手足は原型が分からぬ程色々な鳥のパーツが括りついており、子供が居たであろうお腹は羽毛で埋もれている。
「あぁ、俺は行軍のヤサン。 禁則を破った者達を救う番人の一人だ」
ヤサンは片膝をつきサイカと向き合う。
サイカの傍らには、付き添うようにロビンが立つ。
これから言わなければいけない事を反芻し、ヤサンは喉奥が重くなる。
しかし、告げなければいけない。
それが、己の役割である事をヤサンは理解している。
「落ち着いて聞いてくれ、もう手遅れだ。 例え聖女であろうと奥さんを治せる人は存在しない」
何処か分かっていたのであろう、夫婦は息を吞むだけでそれ以上の反応を示さなかった。
ヤサンは息を吐く。
己が役目を果たす為、心を折る。
「俺であれば、奥さんを痛みなく弔う事が出来る。 人として終わらせる事が出来る。 だから、酷だが選んでほしい、生きるのか死ぬのかを」
ロビンが先に嗚咽を上げた。
押し殺すように、隠さなきゃいけないとばかりに嗚咽を抑える。
サイカはロビンを抱擁する。
手足が様々な鳥に変わろうと、生物として終わっていようと、その心根は健在であった。
それが余計ロビンの心を苛む。
鈴が鳴る。
自身の死を告げる為に。
「お願いします。 私を人として終わらせて下さい。 この人の明日の為に」
ヤサンは願いを聞き届けた。
右手で羽根に触り、左手で手印を結ぶ。
「ルーン:Bug clean」
ルーンを唱えると、ヤサン右手よりサイカの全身へ白い線が何本も伸びていく。
やがて、全身へと白い線が伸び線は面へと太さを増す。
ロビンは堪らず泣き叫ぶ。
「いやだ、だめだ、行くな。 私を置いて行かないでくれ。 君が居なければ私は、私は!」
もはや全身が白くなったサイカはロビンへ向けて最後の別れを告げる。
「あたなと出会えて、私は幸福だった。 禁忌を犯した後もその幸福は続いてしまった。 あたなは私を乗り越えて、ゆっくりと生きてね。 天国で沢山お話が出来る程の思い出を引っさげて来てね」
最後の別れにしては言う事が違うのではないかと、ヤサンは苦笑いを浮かべる。
だが、ロビンからしてみれば妻らしいセリフだったようだ。
「サイカ。 君は最後まで俺に苦労を掛けるな。 分かったよ、君が飽きる程の思い出を引っさげて行くから待っていてくれ」
サイカの全身が崩れていく。
否、異物であった鳥のパーツが剥がれ落ちていく。
そして、最後には五体満足なサイカが眠るように横たわっていた。
既に彼女は死んでいる。
ロビンはサイカの亡骸へ縋り、嗚咽を溢す。
ヤサンはそっと扉を閉めた。
軋みを鳴らせ、一階へ降りながらヤサンは右手に持った純白の羽根を見た。
何処からか、心の軋み音が聞こえた。




