第4話 傷の理由
「だから、1週間泊まるんだから少し値引きしてくれよ!」
「すみません……。うちも値引きできるほど余裕がないんですよ。素泊まりなら1泊銀貨5枚、朝夜の2食付きなら銀貨6枚で、前払いでお願いします……」
「せめて後払いにするか、銀貨5枚で食事付けてくれよ!」
昼間の宿屋。
カウンターでラークが客に粘り強くゴネられていた。
相手は見た目普通の中年男だが、強気な態度だ。
その時、住居スペースの扉がゆっくりと開き、のそりとバースが現れた。
「……どうした?」
「あ、おじさん。お客さんに値引きしてくれって言われてて……」
バースは無言でラークの横に立ち、客をじっと見つめた。
その視線を受けた客の額に、じわりと冷や汗が浮かぶ。
「ははは……。ちょっと安く泊まれないか、言ってみただけだよ。今、正規の金額を払おうと思ってたところだ……」
客はおもむろに懐へ手を伸ばした。
その瞬間——。
バースの目つきが鋭く、警戒に満ちた目に変わった。
次の瞬間、大きな手が伸び、客の懐に入れた手首を強引に掴んだ。
「いててて!」
「おじさん?!」
ラークが驚き、客は痛みに顔を歪め、身をよじる。
「……何を出そうとした?」
「財布を出そうとしたんだよ! 痛いから離してくれ!」
「……ゆっくり出せ」
バースに手首を掴まれたまま、客は震える手で財布を取り出し、カウンターに置いた。
それを確認すると、バースはようやく手を離した。
「……手荒なことをした。すまん」
バースが小さく頭を下げる。
だが客は、まるで恐ろしいものを見るような目でバースを睨みつけた。
カウンターに置いた財布を引ったくるように掴むと、逃げるように出口へ向かう。
「こんな危なっかしい宿に、誰が泊まるか!」
捨て台詞を吐いて、客は去っていった。
「あぁ……せっかくの長期滞在客だったのに。どうしたんですか、おじさん。普通のお客さんだったのに」
ラークがため息混じりに尋ねる。
「……魔砲使いだと思ってな」
バースは自分の両腕に残る、穴が空いたような傷跡を見下ろしながら、ポツリと呟いた。
理由を聞くため、二人は食堂のテーブルに向かい合って座った。
ラークは安酒を1杯、バースが話しやすくなるように差し出した。
「魔砲使いって、手に持った小石や鉄の玉を飛ばせる人ですよね。前に、魔砲使いの猟師の人に会ったことがありますよ」
バースは酒を大きく一口飲むと、息を吐いた。
「ふう……。昔はデカいの飛ばしてたが、最近のあいつらは普通の見た目で、遠距離から急に攻撃してくるから怖いんだ……。俺の腕の傷も、魔砲使いに付けられたものだ」
大戦の頃、魔砲使いは大質量のものを飛ばして、攻城で活躍していた。
だが平和になった今は、腰の袋に入れた小石や鉄球を指ではじくように飛ばす戦闘スタイルになっていた。
「俺が拳闘のチャンピオンだった頃……妬んだ奴に、魔砲使いを雇われたんだ。いきなり町中で撃たれて、殺されかけた。距離がもう少し近くて、咄嗟に腕で頭を守っていなかったら、俺は死んでいたよ……」
バースは懐から、傷だらけのチャンピオンメダルを取り出した。
表面は削れ、縁も欠けているが、それでも大事そうに指で撫でる。
「それからというもの、ポケットや懐に手を入れられると、反射的に警戒しちまうんだ……」
「腕の小さな傷に、そんな理由があったんですか……。それに、本当にチャンピオンだったんですね」
ラークがメダルを覗き込む。
「ああ。30歳までは、素手なら負けなしだった。だが当時の俺は、『自分が最強』だと完全に調子に乗っててな。騎士団の団長に喧嘩を売ったら……剣を持った相手には、手も足も出なかった」
左腕の大きな刀傷と、右頬の傷に指を這わせる。
「槍を持った奴ともやったが、死にかけた」
シャツの裾をまくり上げると、腹に古い刺し傷が二箇所、くっきりと残っていた。
「拳だけじゃ、どうにもならないことを思い知らされてな……。それ以来、酒を飲んでいないと『こいつ、懐に武器を隠してるんじゃないか』って頭によぎって、まともに戦えなくなったんだ……」
バースが酒を口に含む。
「毎日酒を飲んでは暴れる俺を見て、妻と娘にも愛想を尽かされて出て行かれた。俺に残ってるのは、このメダルだけだ……」
寂しそうな目で、メダルを見つめる。
「えっ!? おじさん、結婚してたんですか?!」
ラークが目を見開く。
「……一番驚くの、そこかよ。まあな……今はどこにいるのかも知らんが。家族に出て行かれた後は、色んなキャラバンの護衛をやって食いつないできた。酒で暴れて、しょっちゅうクビにされてたがな。で、巡り巡って、今ここにいるんだ」
バースは静かに杯を置き、しんみりとした表情を浮かべた。
「おじさんにも、色々あったんですね……。お酒を飲んだら『最強』って言う意味も、わかりました」
ラークが腕を組んで頷く。
「事情はわかりましたけど、お酒はほどほどに。それに今日みたいなことが続くと困るんで……いっそのこと、禁酒して苦手を克服してみますか?」
ラークがニヤリと笑う。
「……それは勘弁してくれ。酒を飲んでる時だけが、今でも俺を『最強』にしてくれるんだからな……」
バースはメダルを見ながら、苦笑いを浮かべた。




