第3話 力があっても怖い物
「安酒は1日3杯まで。ホロ酔い状態で対処できない時だけ、強い酒を1杯」
と、バースは飲み過ぎて暴れた日から、ラークにそう決められていた。
バースは比較的穏やかに過ごし、数日が経っていた。
昼間は買い出しの荷物運びや水汲み、薪割りを手伝い、夜は決められた量の酒をゆっくり飲む。
だが、酒を飲んでいない昼間のバースには、持病の腰痛が容赦なく響いた。
「……いてて! 腰が……」
薪を割るたびに、顔をしかめて腰に手を当てるバースを見て、ラークが声をかけた。
「おじさん、薪割りはもう終わりでいいです。買い出しに行きましょう」
「……わかった」
ラークは素面のバースに普通に接し、腰痛を気にしつつ、酒を飲ませすぎないように注意していた。
買い出しの道すがら、ラークが言う。
「おじさんが来てから、力仕事をしなくて済むんで本当に助かってますよ」
「……そうか」
「僕はおじさんみたいに力がないから、羨ましいです」
バースは一瞬、黙り込んだ。
そして、ラークに聞こえないほどの小さな声で呟いた。
「……力があってもな……」
自分の左手の刀傷と、両腕に残る穴のような傷跡を、チラリと見た。
――酒場の営業時間。
バースはカウンターの定位置で、決められた安酒を時間をかけて飲んでいた。
3杯目をちびちびやりながら、常連客と話している。
「バースが用心棒になってから、この店でゴロツキ見なくなったな」
「だろ? 俺が最強だからなー! やっぱ、いるだけでゴロツキを近づけさせないオーラが出てんだよ!」
ホロ酔いのバースは上機嫌で、胸を張っていた。
その時だった。
「これだから、村出身の奴は困る……」
「てめえ、俺の出身を馬鹿にしたな!?」
客同士の小さな言い争いが、あっという間に掴み合いに発展した。
「おじさん!」
「おう!」
ラークが呼ぶと、バースはすぐに立ち上がり、二人の間に割って入って引き離した。
「あんたら、喧嘩するなら外でやってくれ」
「うるせぇ! こいつが俺が村出身だって馬鹿にしやがったんだ!」
「違う! お前が馬鹿だなと思ったら、たまたま村出身だっただけだ!」
「この野郎!いつも俺を馬鹿にしやがって……。ぶっ殺す!」
村出身の客が、懐から突然ナイフを取り出した。
「うお?!」
バースと、もう一人の客が一歩後ずさる。
店内の空気が一変した。
「どいつもこいつも、俺のことを馬鹿にしやがって!」
男はナイフを振り回し始めた。
サラやキアル、他の客たちは一斉に壁際へ逃げ、ナイフを持った男の周りには誰もいなくなった。
「おじさん! 早く止めてください! 最強なんでしょ?!」
ラークが叫ぶ。
「馬鹿野郎! 武器持ってる奴に、生身で対処するのがどれだけ大変かわかってから言え!」
バースが額に汗を浮かべながら返す。
「おじさん、強い酒飲んだらどうにかなります……?」
ラークが不安そうに聞く。
「いや……強い酒飲んだら、動きが雑になるからな……。このままで、どうにかしてみる」
バースは客の前に両手を広げて立った。
「おい、あんた! 喧嘩にナイフ出すのはご法度だろ?! 男なら素手でこい!」
バースは客の注意が自分に向かうように、大声を出しながらジリジリと間合いを詰めた。
「うるせぇ!!」
男が大きく刃を振りかざした。
「キャー!」
女性たちの悲鳴が上がる。
——ガツン!
乾いた音が店内に響いた。
ナイフの刃は、バースが咄嗟に掴んだお盆で受け止められていた。
次の瞬間、バースはナイフを持つ手首を掴み、強引にひねり上げる。
「いててて!」
男が思わず手を開くと、バースは素早く背後に回り込み、太い腕で首を締めた。
「……!?」
男はがくりと力を失い、意識を落とす。
「ふう……大振りで来てくれて助かった。素人じゃなかったら危なかったぜ……」
バースが額の汗を拭うと、店内が割れんばかりの歓声に包まれた。
「おじさん、ありがとうございます。それにしても、自分で最強って言ってるのに、ナイフは怖いんですね……」
ラークが暴れた客を縛りながら聞く。
「あくまでも、『素手』ならな……。それに、俺は全盛期はとっくの昔に過ぎてるよ……」
バースが少し遠い目をする。
興奮した常連客と、先程暴れた客と揉めた客が、バースに飛びついた。
「バース、やるじゃねえか! 今日は俺が1杯奢ってやるぜ!」
「あんたのおかげで助かった……。俺からも奢らせてくれ!」
「なに?! それなら……女将さん、酒くれ!」
「あいよー!」
バースは陽気に手を上げた。
マリアの威勢のいい声が厨房から返る。
「せっかくカッコよかったんだから、あんまり飲み過ぎて暴れないでくださいよ……」
ラークが苦笑いを浮かべながら、その様子を微笑ましく見守っていた。
――翌日。
「……頭が痛い……」
バースはベッドの上でうめいていた。
奢ってくれた2杯のあと、調子に乗って安酒を追加で2杯飲んで完全に二日酔いになっていた。
「だから飲み過ぎるなって言ったのに……。動けないなら、今日の給料は払いませんからね」
ラークは冷ややかな目で、うずくまる大きな男を見下ろした。




