第2話 最強になるために
「おじさん!なんで昨日は、急に飲み始めたんですか!?」
騒いでいた客が帰った後も、バースは日当から天引きされながら陽気に飲み続けていた。
酔いが覚めた今朝、ラークは居間で彼を問い詰めていた。
大きな身体を小さく縮こませ、床に正座したバースが、ぼそぼそと答える。
「……酒で気持ちを昂ぶらせないと、調子が出ん」
「えぇ……。それじゃあ、何か起こった時にすぐ対処できないじゃないですか」
「……酒があれば、俺は最強だ」
バースはなぜかキリッとした目で、そう言い切った。
ラークはため息をついた。
「困ったな……。おじさんをこのままクビにしても、すぐに代わりの用心棒なんて見つからないだろうし」
「ク、クビ……?」
バースの額に冷や汗が伝う。
「……仕方ない。今日は酒場を開く時に、天引きで一杯だけ飲んでみますか。営業中に飲んでもいいけど、飲み過ぎないようにして下さいね」
「……おう!」
バースの顔がパッと明るくなった。
「それと、昼間は薪割りとか力仕事を手伝って下さいよ」
「……わかった」
彼はのそりと立ち上がると、薪を割るために裏庭へ向かった。
「……大丈夫かな、あのおじさん」
ラークは、その大きな背中を見送りながら小さく呟いた。
――夕暮れ。
酒場が開き、ラークは意識してバースの様子を観察することにした。
【1杯目】
昨日とは違い、一気には飲まない。
出された食事をちびちびつまみながら、ゆっくりと杯を傾ける。
「……ふぅ。うまいな」
【2杯目】
「女将さんの煮込みは絶品だな!」
「褒めてもお酒はサービスしないからねー」
厨房からマリアの乾いた声が返ってくる。
口数が少し増えた。
(2杯ぐらいで、自分から喋るようになるのか……)
【3杯目】
「あんた、デカいな! それにその傷……昔は相当強かったんじゃないかい?」
「ははは! 今も俺は強いぞ! 見てくれ、この筋肉を!」
常連客に褒められ、上機嫌で力こぶを見せている。
(3杯だと、自信が出てくるんだな)
【4杯目】
「昔のもっと強い奴が、そこら辺にゴロゴロいたなぁ〜」
酔いが回り始め、管を巻き始めた。
「大戦は無いにせよ、20年前ぐらいまではしょっちゅう小競り合いはあったからな」
常連がうんうんと頷く。
「傭兵にも手練れがいたし、魔砲使いも多かったもんな〜」
バースは自分の腕の傷を見ながら、また杯を傾ける。
(4杯飲むと、酔いが回って動きが鈍そうだな)
ラークはそうメモを取るように観察を続けた。
やがて外から「カラーン、カラーン」と夜の鐘が鳴る。
ハインド亭は夜の鐘と同時に閉店だ。
客たちが帰っていき、閉店作業が始まった。
「おじさんもお皿の片付け手伝ってね」
「おーう、任せとけー!」
サラに言われ、バースが少しふらつきながら皿を片付け始める。
(今日は騒ぐ客もいなくて平和だったな。おじさんの酔い方も何となくわかったし。明日からはコントロールできそうだ)
ラークがそう思った矢先だった。
店の扉が勢いよく開け放たれた。
「へっへっへっ! 客が来てやったぞ、さっさと酒出せよ!」
「そうだ、酒出せ!」
酔っ払いが二人、肩を組んで入ってくる。
「お客さん、すみません。今日はもう閉店で――」
ラークが制止しようとすると、
「客が酒出せって言ってんだから、飲ませろ! このヒョロガリ眼鏡!」
「ヒョロガリ眼鏡!」
絡んできた二人を見て、バースが陽気に割って入る。
「おいおい、もう閉店だって言ってるだろ? 酒は明日また来て、楽しく飲もうじゃないか」
「おっさんは引っ込んでろ!」
「引っ込んでろ!」
そのとき、再び扉が開いた。
屈みながら入ってきたのは、バースよりもさらに一回り大きい熊のような大男だった。
「どうした? 早く飲もうぜ」
「ゴンザ! ここの店の奴らが、俺らに飲ます酒はないってよ!」
「ないってよ!」
「なにぃー!?」
ゴンザと呼ばれた男が、ズイッとバースの前に立つ。
「俺は賭けで大負けして、機嫌が悪いんだ。大人しく飲ませた方が身のためだぞ」
ゴンザが凄む。
バースは目を丸くして、自分より頭一つ大きな男を見上げていた。
(流石におじさんじゃ、これは無理か……?)
ラークが冷や汗を流しながら見守っていると、ゴンザが動いた。
「どかねえなら、ただじゃおかねえぞ!」
拳を振り上げようとした、その瞬間――。
バースが両手をゴンザの前に突き出した。
「ちょっと待て! 今、最強になるから!」
「はっ? なに言ってんだ、おっさん」
ゴンザが理解できずに動きを止める。
「あんた強そうだからな、ちょっと気合を入れさせてもらうぜ。おい、ラーク! 強い酒くれ!」
「あ、はい!」
ラークが慌てて厨房へ走る。
瓶からグラスに強い酒を注ぎ、バースに差し出した。
バースはそれを一気に飲み干す。
「ふー、効くなー! ……念のため、もう一杯くれ」
二杯目も一気に飲み干し、自分の顔を両手でバシンと叩いた。
「よーし! いい感じだ! どっからでもかかってこい!」
すわった目で構えるバース。
「じゃあ、遠慮なく行かせてもらうぜ!」
ゴンザが一歩踏み込み、大きな拳でバースの顔面を狙った。
バゴンッ!!
鈍い音が店内に響き渡り、バースの首が後ろにのけぞる。
「ひっ……!」
ラークは思わず目をつぶり、一歩後ずさる。
サラもキアルも、息を呑んで固まった。
恐る恐る目を開けると――。
バースは首に力を入れ、血管を浮かばせながら、ゴンザの拳を顔で受け止めていた。
「……きかんな」
バースは低く呟き、ニヤリと笑った。
次の瞬間、腰を回転させ、全身の体重を乗せたフックが、ゴンザの右脇腹に叩き込まれた。
ボスッ!!
「ぐはッ!?」
ゴンザの体が大きく沈み、息が詰まる。
頭が自然と下がったところへ、バースは間髪入れずに右の拳を振り上げた。
ガツンッ!!
アゴの先端を正確に捉えた一撃。
ゴンザの目が一瞬で白くなり、大きな体が真横に吹き飛んだ。
ドシンッ!
床に倒れ込んだ大男は、ピクリとも動かない。
「や、やべえ! ゴンザが負けた! 逃げろー!」
「逃げろー!」
二人の酔っ払いは顔を青くして、店から飛び出した。
「おい! このデカブツも連れて帰れ!」
バースは息を荒げながらゴンザの襟首を掴み、ひょいと持ち上げると、店の外へポイッと放り投げた。
店内に戻ってきたバースは、肩で息をしていた。
「おじさん、強いじゃないか!」
「なかなか、やるじゃない……」
「バースさん、かっくいー!」
三人の声が重なる。
だがバースは「ふー……ふー……」と荒い息をつきながら、壁の方へ歩いていった。
「……どうしたの、おじさ――」
ラークが声をかけた、その時だった。
ドンッ!
バースはいきなり壁を殴り、大きな穴を開けた。
「何してんの、おじさん!?」
「足りん……」
「えっ?」
「全然足りん!! もっと強い奴と酒持ってこーい!!!」
重い4人テーブルを両手で掲げ、叫ぶ。
「酔っ払い追い払ったのに、あんたが暴れてどうすんのさ」
マリアが厨房から呆れながら笑う。
「……もう帰る時間なんで、さいならー」
キアルがそそくさと店を出ていく。
「ちょっと、おじさん! 床をそれ以上汚さないで!」
サラがほうきでバースをバシバシと叩く。
「うおおおっ! 俺が最強だー!!」
バースはテーブルを掲げたまま、雄叫びを上げ続けた。
ラークは穴の空いた壁と、床に散らばった食器を見て、深いため息をついた。
「……おじさんを雇う前より、ひどいじゃないか」
その夜、バースが寝るまで、『ハインド亭』には叫び声が響き渡った。
――翌日。
「うぅ……気持ち悪い。それに顔と腰が痛え……」
ベッドの上で、バースがうめき声を上げて動けずにいる。
ラークは請求書を突きつけるように差し出した。
「おじさん!昨日飲んだ強い酒の代金・銀貨2枚。壁に開けた穴の修繕費。割った食器代。全部払い終わるまで、日当から天引きですからね!あと、お酒は当分禁止です!」
ラークの怒りの声に、バースは頭を抑え、「うう……」としか言えなかった。




