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地味だからと婚約破棄宣言した彼は、なぜか投げ飛ばされました。  作者: miniko


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6 救いの手

 悔しいけれど、ヘンリー様の言う事は正しいと言わざるを得ない。

 私達はまだ学生だから、婚約関係の書類には当主のサインが必要不可欠なのだ。


「そちらのご当主様のサインは後日いただきに参ります。

 慰謝料や事業などの話は、その際に詰めればよろしいでしょう。

 取り敢えずは本人達の意思表示として、ヘンリー殿とシェリルのサインと、必要事項の記入を先に済ませていただきます」


 微笑みながら怒気を発するお兄様に万年筆を差し出され、圧力に負けたヘンリー様は渋々といった表情でそれを受け取った。


 まあ、ヘンリー様の父であるベンサム侯爵は有責者側なので、あれだけの証人がいればサインせざるを得ないだろう。


 問題は、お父様なのよ。

 侯爵家との関係は既に破綻したも同然だし、ここまで馬鹿にされたら家の名誉だって傷付くのだから、その辺を突いて説得すれば、なんとか、なる……、かも?

 フレッカーの叔母様にも協力を仰げば、かなり成功率が高くなりそうな気はするけど。

 でも、お父様は私を酷く罵倒するんだろうな……。

 まあ、その点については今から憂鬱ではあるけれど、この婚約を継続するよりは遥かにマシだわ。


 私がそんな事を考えている間に、ヘンリー様は盛大に顔を歪めながらも、ノロノロと書類の空欄を埋めていく。

 筆圧により所々インクが滲み、字も酷く歪んでいるが、力づくで書かせた訳ではないという事は王太子殿下達も証言して下さるだろうし、問題はないだろう。


 あ、そう考えると見届け人の存在は、思いの外重要だったかもしれない。殿下に感謝しなきゃね。

 面白がってるなんて疑ってごめんなさい。


「さあ、シェリルも」


 お兄様はついさっきまで放っていた怒気を綺麗に収め、私に万年筆を手渡しながら背中を優しくひと撫でした。


「はい」


 迷いなくサラサラと必要事項を記入していると、王太子殿下達がいらっしゃる方向からガタッと音がした。

 驚いて顔を上げると、なぜかマクブライド公爵令息が立ち上がり、テーブルに顔を近付ける様に身を乗り出して、私の手元にある婚約破棄の書類をまじまじと見詰めている。


「どうかしたか? ヴィンセント」


「あ、いや……スマン。なんでもない」


 お兄様に声を掛けられたマクブライド公爵令息は、何事もなかったかの様に姿勢を正して座り直した。


 なんだろう?

 そんなに驚かれるほど字が汚いとかじゃないと思うんだけど……。

 私は心の中で首を捻りながらも書類へと視線を戻し、記入を再開した。


「これにて本日の手続きは終了です。

 続きは後日、先触れを出してから伺いますので」


 記入漏れ等のチェックを済ませたお兄様は、とても晴れやかな表情でそう言った。

 苦虫を噛み潰した様な顔のヘンリー様とは対照的である。


「…………本当に、いいのか?」


 少し俯けていた顔を上げ、こちらを睨んだヘンリー様は蚊の鳴く様な声で私に問い掛けた。


「なにがです?」


「なぜ分からない?

 俺と婚約破棄をしたら、困るのはお前の方だろうが。

 次の婚約者なんか絶対に見付かりっこないぞ。

 地味なお前なんて、誰からも愛されないのだからな!」


 捨て台詞の様な暴言に、思わず大きく顔を歪める。

 隣でお兄様が椅子を蹴倒し、ヘンリー様の胸ぐらを掴んだ。


「貴様……っっ!」

「エイベル!!」


 殴り掛かろうとするお兄様の手を掴んで止めたのは、マクブライド公爵令息だった。

 フルフルと首を横に振る彼に、お兄様は大きな溜息を吐き出してからヘンリー様を解放し、倒れていた椅子を戻して、ドカッと乱暴に腰を下ろす。


「……ヘンリー・ベンサム」


 マクブライド公爵令息は、ヘンリー様に侮蔑の眼差しを向けながら、低くその名を呼んだ。


「お前ごときが、彼女の先行きを心配する必要などない」


「は?」


 単なる見届け人で、無関係だったはずのマクブライド公爵令息の攻撃的な言葉に、ヘンリー様は怪訝な表情になる。


「シェリル嬢の婚約者には、僕が立候補するから」


「…………はぁっ?」


 驚きの声を上げたのは、誰だったのだろう?

 突然の宣言に、ヘンリー様だけでなくお兄様も、王太子殿下までもが、間抜けなポカン顔になっている。

 今鏡を見たなら、きっと私も同じ様な表情になっているに違いない。


 部屋全体が驚愕に包まれる中、マクブライド公爵令息は私の前に恭しく跪き、麗しい微笑みを浮かべた。


「シェリル・ハサウェイ伯爵令嬢。

 僕は公爵家の後継ではありませんが、将来は叔父の養子になり、伯爵家とその領地を継ぐ予定です。

 王太子殿下の側近としての収入もありますし、貴女に苦労はさせないと約束します。

 どうか、結婚を前提に、僕と交際していただけませんか?」


 予想外過ぎる展開に、頭がクラクラする。

 目の前に居るはずのマクブライド公爵令息の声がなんだか遠くに聞こえるけど、なんとか内容だけは理解できた。


 どう考えても、この状況において私が断る選択肢はないだろう。

 せっかく助け舟を出してくれた彼に恥をかかせる訳にはいかないもの。



 意を決した私は、差し出された彼の手を取った。



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