5 諦めの悪い男
「……で? なぜお二人まで同席なさっているのでしょう?」
案内された王宮の一室にて、お兄様は部屋の片隅にいらっしゃる高貴な方々に視線を向け、僅かに目を眇めた。
私とお兄様は仲良く並んで座り、テーブルを挟んで向かい側にはヘンリー様が。
そしてお兄様の視線の先には、なぜか王太子殿下とその側近のマクブライド公爵令息までもが椅子を並べて座っている。
「気にするな」
ニコニコしながら答える王太子殿下。
もしかして、ちょっと面白がってませんか?
お兄様もそう感じたのか、眉間に深い皺を刻んだ。
「いや、無理でしょ。気になりますよ。少しはご自分のお立場を考えてください」
「だってさ、ほら、当事者だけで話し合いをさせたりしたら、後から言った言わないみたいになるだろ。
心配しなくても私達はただの見届け人だ。どちらの味方もしない」
軽く両手を上げてそう宣言する殿下に、お兄様は小さく溜息をついてから、ヘンリー様の方へと向き直った。
未だに不服そうな顔をしているヘンリー様へ、お兄様はいつの間に用意したのか、婚約破棄の書類を差し出す。
「ではヘンリー殿、こちらへご記入願います」
勿論、有責者はヘンリー様としっかり明記してあった。
「……なんだコレは。
俺の有責? 冗談じゃない。
こっちはあの女の美貌に騙され、暴力まで振るわれた被害者だぞ。
しかも、格上の俺をゴ……、虫に例えるだなんて、無礼にも程がある!」
あ、それ、実は根に持ってたのね。
「虫? ああ、アイリーンに『ゴ○ブリよりも気持ちが悪い』とでも言われましたか?」
流石はお兄様。長い付き合いだけあって、アイリーンの性格をよく分かっていらっしゃる。
でもちょっとだけ惜しいのよね。
「正確には『ゴ○ブリ並みに大嫌い』ですわ」
「どっちでも同じだろ」
「いえ、『同等』と『それ以上』ではかなりレベルが違うでしょう。
嫌われてる事には変わりありませんけど」
私達の会話を聞いたヘンリー様は、憤怒からか羞恥からか顔を真っ赤に染め、浜に打ち上げられた魚みたいにハクハクと口を開閉させている。
ちゃんと少しはマシな方に訂正してあげたのに、何の不満があるのか?
まあ、そろそろヘンリー様の血管が物理的な意味でも比喩的な意味でもブチ切れそうだし、話題を元に戻したほうが良いかしらね。
こんな所で倒れられたりしたら、皆様にご迷惑が掛かってしまうもの。
「ヘンリー様は私に婚約破棄を宣言なさったではないですか。
まさか、つい先程の出来事を忘れたとは仰いませんわよね?
お望み通りに婚約を壊して差し上げると言っているのに、何が不満なのです?」
寛大な殿下のご配慮により、アイリーンの暴力事件は帳消しになったけど、ヘンリー様の婚約破棄宣言はまだ生きているのよ。
「それは誤解だったと先程判明したじゃないか。
だから、婚約を継続させてやっても構わないと……」
「まあ! ありがとうございます。
嬉しいですわ」
ヘンリー様は一瞬安堵の笑みを浮かべるが、続く私の言葉で一気に顔色を失う。
「…………と、私が言うとでもお思いですか?
大勢の人の前で、あれだけ愚弄しておいて、誤解だったで済むとでも?
『性根の腐った女』『悪女』それから、なんでしたっけ……。
あぁ、そうそう。『地味だから価値がない』とも仰ってましたわね」
言葉を重ねるごとに、隣のお兄様から冷気が漂ってくる。
そんなお兄様に睥睨されて、ヘンリー様がヒュッと息を呑んだ。
側近のお仕事と領地経営の手伝いで忙殺されているお兄様は、私と一緒にいる姿をヘンリー様に見せる機会が少なかった。
だからおそらく、彼はお兄様がシスコンだと気付いていなかったのだろう。
仮にも婚約者だったんだから、境遇の調査くらいしなさいよ。
あ、まだ過去形じゃなかったわね。
諦めの悪いヘンリー様は、お兄様にビビりながらも再び口を開く。
「……だ、だが、婚約は家同士の契約だ。
当主がいないこの場で手続きする事はできないだろう」
あら、たまにはまともな事も言うのね。
でもそれを理解しているくせに、あの所業ではねぇ……。




