4 恥って言葉、ご存知?
突然の権力者の登場に、庭園はシンと静まり返る。
私も慌ててドレスを摘み、膝を折った。
チラリと横目で窺えば、アイリーンもきちんとカーテシーをしていたので、ホッと胸を撫で下ろす。
今言ってもなんの説得力もないかもしれないが、彼女は基本的にはまともな子なのだ。私の敵に対してはネジが外れてしまうだけで。
その『だけ』が大問題ではあるのだけど。
一方のヘンリー様は、ようやく立ち上がったかと思えば、アイリーンを指差して泡を飛ばしながら叫んだ。
汚い。
「殿下もご覧になったでしょう!?
この女、俺を投げ飛ばしたんですよっ!」
なんとか殿下を味方に付けようとしているのか、挨拶も忘れて必死に言い募るヘンリー様。
それ完全に逆効果だから。
全く、王族への礼儀をどこへ捨てて来ちゃったのよ?
ほら、拾って来なさい。今すぐに。
「皆の者、面を上げよ」
王太子殿下はヘンリー様の訴えを一旦無視して、全員に声を掛けた。
それを受け、皆が一斉に顔を上げる。
「で? なんだったかな、ベンサム侯爵令息」
「ですから、この女が俺に暴力を!」
「残念だが、私は見ていないし何も知らない。
この小さくてか弱いレディが、君を投げ飛ばした? 本当に?」
そう問い掛ける殿下は呆れた様な笑みを浮かべている。
『小柄な令嬢に投げ飛ばされた』なんて、男として不名誉な事実を声高に叫ぶヘンリー様に対して、『本当にお前はその主張を続けていていいのか? 恥ずかしくないのか?』と、暗に……ではないな。かなり直接的に問うているのだ。
頭に血が昇っているヘンリー様は、そんな殿下の真意にも気付かず、目撃者の証言を得ようと周囲を見回す。
しかし、誰一人として彼と目を合わせようとはしない。
おそらく殿下は人垣に遮られて、投げ飛ばす瞬間を目撃してはいなかったのだろう。
だが、揉めている声は聞こえただろうし、ギャラリーの会話や現在の状況なども総合すれば、何が起きたかは概ね理解しているはず。
それでも『知らない』と言ったという事は、『なかった事にしろ』という事なのだ。
それが一番、当事者同士の名誉が守られるから。
目撃者は沢山いるが、王太子殿下の意向に逆らう者などいない。
権力者の一言で白が黒になり、あった事がなかった事になる。それが貴族社会。
普段はそれが悪い方向に作用する事が多いけど、今回に限っては、個人的にとてもありがたい。
しかし、察しの悪いヘンリー様は、尚も誰かに証言させようと手当たり次第に恫喝する。
「おい、そこのお前も、そっちのお前も見ていただろう!!」
だが、やはり皆気まずそうに視線を逸らすばかりで、なにも語ろうとしない。
どこまで恥の上塗りをすれば気が済むのかしら?
私はうんざりする気持ちを隠しながら、事態を収拾する為に口を開いた。
「あら、ヘンリー様を投げ飛ばしたのは、アイリーンではなくお兄様でしたでしょう?」
ニッコリと笑みを浮かべると、ヘンリー様は「は?」と小さく呟いて、まるで不気味な未知の生物でも見るかの様な目を私に向けた。
いや、私からすれば、察しが悪すぎるお前の方が未知の生物だよ。
「ああ、そうだったな。
王家主催の席で騒ぎを起こした不届き者を、俺が投げ飛ばした」
私の意図を察し、即座に肯定してくれたお兄様。
しかもコレは相当怒ってるぞ。ちょっと悪人みたいな笑顔になってるもん。
「ええ、僕も見ましたよ。派手にぶん投げてましたね」
そして、シレッとした顔で追従するもう一人の側近様。ご協力、ありがとうございます!
確か、彼はマクブライド公爵家の三男だったわね。
「なるほど。私の代わりにエイベルが制裁を加えてくれたのだな。ご苦労だった」
ついには王太子殿下までもが、この茶番に乗ってくださった。
「な、いや、違っ……」
まだ言うか? と思ったが、王太子殿下御一行に鋭く睨まれて、流石のヘンリー様も口をつぐんだ。
『王家の茶会で婚約破棄を目論んだ馬鹿が、王太子の側近の手により制裁を受けた』という新たな事実(?)が誕生した瞬間である。
貴族社会って怖いよね。
勿論、アイリーンはヘンリー様に危害を加えていない(って事になっている)ので、お咎めはなし。
良かった良かった。
その後、残念ながら茶会は中止となったが、王太子殿下のご厚意により、王宮の一室をお借りして私達の話し合いの場が設けられた。
アイリーンも当然の様についてこようとしたが、宥め賺しながら馬車へと押し込んだ。
守ってくれようとするその気持ちは嬉しいけど、彼女がいると私は猛獣使いに徹しなければならなくなるので、丁重にお帰りいただいた次第である。




