33 永遠にサヨナラ
思いがけない身体的な接触に、最初はただ驚いた。それに続いて湧いてきたのは、強烈な羞恥だ。
「ヴィ、ヴィンス様っ!?
何をなさるのですか、こんな所で。皆が見ているではないですか!」
全身がカッと熱くなるのを感じながら、猛烈に抗議する。
「ん? 二人きりの時なら良いって事?」
何故そうなった?
ヴィンス様の声色からは先程までの不機嫌さが消え、逆に甘やかな響きを帯びている。
ガシャンと音がしたので門の方へ視線を戻すと、ポカンと口を開けたヘンリー様と目が合った。
鉄格子を掴んでこちらを凝視している。物言いたげな眼差しが鬱陶しい。
「おっ、お前、その顔……」
「……っ!」
これ以上狼狽えている姿を晒すのは屈辱的だと思い、ヘンリー様の言葉の続きを待たずに、クルリと背を向ける。
結果、今度はヴィンス様に正面から抱き竦められてしまった。状況が悪化してる気がする。
救いを求めてなんとか顔を横に向けたが、視線の先にいたニコラは生温かい笑みを浮かべながらグッと親指を立てた。
ダメだ。助けてくれる気配は皆無。
多分、私がヘンリー様と話している隙に、ニコラがヴィンス様を呼ぶ様に誰かに伝えてくれたのだろう。
その事に関しては感謝しなくもないが、今この状況を楽しんでいる風のニコラにはちょっと腹が立つ。
「ヘンリー・ベンサム」
不意に、ヴィンス様が冷ややかにヘンリー様の名を呼んだ。
私に話し掛ける時と、ヘンリー様の時の声色を器用に使い分けている。
「……なんです?」
ヘンリー様は小さく聞き返した。
体を拘束されて動けないので、どんな表情をしているのかは分からないが、苛立った様な不遜な声。
「僕は今とても機嫌が良いから、一つだけ教えておいてやろう。
僕とシェリルの婚姻は決定事項だ。
正式な手続きがまだなのは、婚約破棄したばかりのシェリルを慮って、冷却期間を設けたに過ぎない。
両家の当主も僕等の結婚を了承しているし、なにより、僕がそう望んでいる。
つまり……、邪魔をする者は容赦なく排除するから、そのつもりで」
「違うっ!……いえ、違います!
俺は、ただ、二人が上手くいっていないんじゃないかと心配して……、邪魔をしようだなんて、そんな事は……」
ヴィンス様の『排除』予告に恐れをなしたのか、ヘンリー様は慌てて言い訳めいた発言をする。
(心配、ね。物は言い様だわ)
「そうか、ならばもう話は済んだだろう」
「いや、それだけじゃなくて、俺はシェリルに謝りたいと……」
『サッサと帰れ』と言外に伝えられても、ヘンリー様はまだ食い下がった。
「謝る?」
自分でもビックリするくらい冷めた声が出た。
さっきまで、謝罪の意思なんて微塵も感じなかったから。
「そうっ、そうだ!
あの茶会を切っ掛けにして俺の教育が見直された。今、色々と再教育を受けている。
それで、これまでの自分の身勝手な行いを反省したんだよ。
だから、謝って、ちゃんとお前と和解したいと───」
私を抱き締めていた腕をポンポンと軽く叩くと、ヴィンス様はその腕を少し緩めてくれた。
体を反転させ、再びヘンリー様と向き合う。
ヴィンス様は私の隣に並んで、肩を抱いた。
微かに伝わる体温が、心強い。
「それって、私になにかメリットがあります?」
「は?」
私の言葉の意味が飲み込めなかったのか、ヘンリー様は小さく疑問の声を上げた。
「ですから、貴方の謝罪を受け入れて、和解する事になにか利点があるのかと聞いています」
「いや、利点とかそう言う話ではなく、少しはこちらの事情も汲んでくれればと……」
今後に及んで、感情に訴えるのか。
こちらの事情は一切考慮しなかった癖に、自分の事情は考慮するべきだって当たり前みたいに要求してくる。
結局、それが彼の本質なのだろう。
「知りませんよ、そちらの事情なんて。
偏った教育がされていた事は噂に聞いていますし、お気の毒だとは思いますが、それって私に関係あります?
子の教育はご両親の責任ですし、学園に入学してからは自宅以外にいくらでも学習の機会があったはずなのに、考えや行動を改めなかったのは貴方自身ですよね?
私は自分を、傲慢な婚約者に長年蔑ろにされていた被害者だと思っています。
そちらの事情を汲まないからって、まるで冷たい人間みたいに言われる筋合いなんてありませんよ」
「そ、そんなつもりは……」
「そんなつもりじゃないなら、どんなつもりなのです? 私にも分かる様に説明してください。
納得したら、貴方の謝罪を受け入れましょう」
そうキッパリと宣言するが、ヘンリー様は言葉を失ったまま。
(結局、そういうつもりだったんじゃない)
と、冷めた気持ちでヘンリー様を睨む。
少しの沈黙の後、ヘンリー様が口を開きかけたが、ちょうどその時誰かがポンと彼の肩を叩いた。
「誰だっ? 邪魔をするなっ!」
そう言って肩に置かれた手を振り払うヘンリー様。
門扉の小窓から相手の顔は確認出来なかったが、制服から見て衛兵だろう。
「ヘンリー・ベンサム様ですね。ご実家から捜索願いが出ておりますので、ご同行願います。
抵抗なさる場合は多少乱暴にしても構わないと、ご当主様からの許可を得ておりますので、素直に従っていただく事をお勧めします」
「………………分かった」
衛兵が告げた言葉に、ヘンリー様は渋々といった顔をしながらも頷いた。
連行される際、彼は一瞬だけ立ち止まり、こちらを振り向くと、
「その……、済まなかった」
蚊の鳴くような声で、そう呟いた。
意外だった。
以前の彼の性格なら、最後まで自分は悪くないと言い張ると思っていた。
多分、もう永遠に彼に会う事はない。
だから、これで良かったんだって思う事にしよう。
だって、最後まで喚かれていたら、もっとずっと胸糞悪い別れになっていただろうから。
やっぱり、再教育の効果は、少しはあったのかもしれない。




