27 だから、苦しかった
私の返事を待つ間、いつもは強気なヴィンス様の瞳が、不安げに揺れていた。
言わなきゃ。
『私も好きです』って、早く伝えなきゃ。
「わたっ……」
でも、私の口からは、掠れて裏返った小さな声しか出なかった。
気付かない内に、緊張で喉が渇き切ってしまっていたらしい。
ならば───。
目に付いたシードルの瓶をガシッと掴む。
「シェリル?」
いつの間にか少なくなっていた瓶の中身を、一滴残らずグラスに注いで、グッと一気に呷った。
ヴィンス様が驚いた様に目を見開いて私を見ているけど、構わない。
あんな不安そうな顔をさせるくらいなら、呆れられる方がずっとマシだ。
「私もっっ、ヴィンス様が好きですっ!!」
叫ぶ様にそう宣言すると、ヴィンス様はフッと小さく笑った。
「全く……。僕の婚約者は男前だな。惚れ直しそうだ」
(ああ、良かった。笑ってくれた……)
ホッと安堵の息を吐いた瞬間、視界がグニャリと大きく歪んで───。
「シェリル!?」
「お嬢様っっ!?」
ヴィンス様とニコラが、心配そうに私の名を呼ぶ。
テーブルに両手をついて、なんとか倒れずに済んだけど、なんだか頭がフワフワしている。
(嘘でしょ? まさか、あれっぽっちで酔いが回ったの?)
アルコール度数が低いって聞いていたのに。
普段はワインを一瓶空けても酔う事なんてなかったから、完全に油断していた。
向かいに座っていたヴィンス様が隣に移動して来て、体を支えてくれる。
「大丈夫? ほら、水飲んで」
ニコラが冷えたお水を用意してくれたらしい。
素直に受け取り、ゴクゴクと喉を鳴らして飲み干した。
冷んやりとした液体が、体の中をスウッと流れていく感覚が心地良い。
そのまま、ヴィンス様に抱き寄せられ、肩に凭れる。
申し訳ないとは思うが、思う様に体を動かせないし、抗う気力さえもない。
「ごめんらさい」
呂律まで怪しい。
想いを伝え合った次の瞬間に、まさかこんな醜態を晒してしまうなんて、ロマンスもへったくれもない。
「フフッ。可愛い」
百年の恋も冷めるであろうシチュエーションなのに、なぜこんな甘やかな眼差しを向けられているのか?
「ヴィンス様は、ちょっと女性の趣味がおかしいのれは?」
「そう? そんな事もないと思うけど」
「いーえ。そんな事あります」
「好きな人が、僕を好きって言ってくれてるんだから、可愛いに決まってるだろ。
たとえ酔った勢いの告白だったとしてもね」
「酔った勢いなんかじゃないれすよ。
もうっ……。いつもはこの程度で酔ったりなんかしないのに、なんで今日に限って……」
私が苦悩しているのに、ヴィンス様はクスクスと楽しそうに笑っている。
「お酒に酔うか酔わないかって、飲む量とかアルコール度数だけの問題じゃないんだよね。
体調とか、それから心理面とかも意外と関係してるんだ。
あとは……、シードルが初めてだって言ってたでしょ? お酒の種類によって、体質に合わない物もあるらしいよ」
「うぅ……。最悪れす。
林檎の産地に嫁ぐのに、シードルが合わないなんてぇ……」
そう呟くと、ヴィンス様の笑みが深くなった。
「どうして笑うんですか?」
「いや、だって嬉しくて。
シェリルが当たり前みたいに、ウチの領地に嫁ぐって言ってくれたから」
「……もう、人を疑って逃げるのは、やめにしたいんです」
傷付いているのを認めたくなくて、ずっと強がっていた。
でも、放置された傷は癒える事なく、いつの間にか膿んでしまっていたのかもしれない。
「シェリルは強いね」
「……違います。強いのは、アイリーンの方。
強くて、前向きで、清廉で……、本当は私、彼女の事がずっと羨ましかった」
美しく生まれたせいで、私とは違う形の傷を心に抱えていたアイリーン。
でも彼女は、自分の傷とちゃんと向き合って克服している、芯の強い女性だ。
「アイリーン嬢が、大好きなんだね」
「ええ。だから……、だから、とても苦しかった。
良い子だって知ってるのに、大好きなのに、どうしても嫉妬の感情が消えないんです。
あの子がもっと嫌な女だったら、あの子を憎めたら、きっと楽になれたのにっ……」
そんな風に考えてしまう自分が、物凄く嫌い。
「嫉妬なんて、誰でも持つ感情でしょ?
僕だって今、めちゃくちゃ悔しいし、嫉妬してるけど」
「え? 今、ヴィンス様が悔しがる様な話、しましたっけ?」
「アイリーン嬢に決まってるでしょ。
彼女、シェリルにこんなにも愛されてるなんて、狡くないか?」
拗ねた様な顔でそんな事を言うから、私は胸の中で燻っている苦い思いを一瞬だけ手放して、ほんの少し笑った。




