26 呪いを解く人
サッパリとしていて口当たりの良いシードルは、本当に飲み易い。
多分、アイリーンや叔母様も気に入るんじゃないかと思う。フレッカー子爵家に贈ってあげようかしら?
「これって、箱で購入する事は可能ですか?」
そう尋ねると、ヴィンス様は少し困った顔をした。
「ごめん。春に出荷を始めた分はもう殆ど売れちゃったんだよね」
「あら、残念」
「今年は林檎が不作になりそうだから、来春の分の出荷量も少ないと思うけど、早めに予約してくれれば確保出来るよ」
「天候不順とかですか?」
「いや、初春に落雷があったせいで、山が燃えてね。昆虫が減ってしまったから、受粉が上手くいかなかったみたいなんだ」
「大変でしたね。それで、街に被害は?」
「そっちは大丈夫」
ヴィンス様の返事にホッと胸を撫で下ろした。
ハサウェイ伯爵領でも以前山火事が発生した事があったが、その時は山裾の民家まで被害を受けてしまい、怪我人も多く出て大変だったのだ。
「少し安心しました。
でも、山火事が原因でしたら、今後何年かは作物への影響が続いてしまうかもしれませんね」
「そうなんだよ。林檎は主要産業だから、叔父上も頭を抱えてる」
ヴィンス様の表情が少し曇る。
もしかしたら、事態は結構深刻なのかもしれない。
「あの……」
「ん?」
「あ、いえ、なんでもないです」
解決策になりそうな案を思い付いたのだが、余計なお世話かもしれないと思って、口には出せなかった。
素人の単純な思い付きでも、ヴィンス様なら真面目に耳を傾けてくださるかもしれないけど。
それに、次の受粉の季節までにはまだ時間がある。お伝えするとしても、ちゃんと調べてからにした方が良いだろう。
「まあ、人的被害もなかったし、林檎畑も無事だったのは不幸中の幸いだけどね。
そうだ。春にはグレンフェル伯爵領に遊びに来ない?
林檎の花が咲く季節は、一面が白く染まってとても綺麗なんだ」
「素敵ですね。見てみたいです」
「本当? じゃあ、今度は僕が招待するね。
楽しみだな。叔父上や邸の使用人や、領民達にも、僕のシェリルを自慢して歩くんだ」
「……」
悪気がないのは分かっているけど、そういうのは、やめて欲しい。
そんな嬉しそうな顔で笑うのは、反則だわ。
まるで本当に愛されている婚約者になったみたいな錯覚に陥ってしまうじゃない。
ヴィンス様の視線から逃げる様に少し俯いて、グラスの底からユラユラと立ち上る小さな泡を、ぼんやりと見詰めた。
「……シェリルは、褒められるのが苦手だよね?」
予想外の言葉に視線を戻すと、ヴィンス様の顔からは、いつもの揶揄う様な笑みが消えていた。
「褒められる度に、困った顔をするでしょ?
それとも……、僕に口説かれるのが嫌、とか?」
「……っ、そんな事はっ」
「ごめんね、ちょっと意地悪を言った。
本当は分かってる。君が今までの経験から、他人の言葉を信じられなくなっているのは。
でも……、そろそろ、元婚約者の言葉より、僕の言葉を信じて欲しいんだ」
そう言ったヴィンス様の瞳が、傷付いているみたいに見えて、私は漸く目が覚めた。
『地味なお前なんて、誰からも愛されない』
そんな呪いの言葉にずっと囚われていた。
全然気にしていない振りをしながらも、自分が傷付くのが怖くて、常に予防線を張っていたのだ。
ヴィンス様はいつだって好意的に接してくれていたのに───。
最初から期待しなければ、失望しなくて済むと思っていた。
でも、そんな反応をされた彼が、どんな気持ちになるかなんて、全く考えていなかったのだ。
自分の身勝手さが、腹立たしい。
「……ごめん、なさい」
「あぁ、そんな顔をさせたかった訳じゃないんだ。
ダメだな僕は。本当はもっと時間をかけて距離を縮める覚悟だったんだけど、待ちきれなかった」
ヴィンス様の大きな手が、遠慮がちに私の頬に触れた。
二人の視線が、絡まる。
彼の頬が少しだけ赤く見えるのは、シードルのせい?
「僕は、シェリルが好きだよ。
多分、君が思っているより、ずっと前から。
君が思っているより、ずっと重い気持ちで」
視界がジワリと滲む。
あの呪いに囚われていたのは、きっと、私自身が『私は愛されない』と、思い込んでいたからだ。
そんな長年の思い込みを、やっと捨てられる気がした。




