24 彼女の心の片隅に
領都を存分に堪能して、三人が帰路に着いたのは夕刻近くになってからだった。
歩き過ぎて疲れたのかウトウトし始めたシェリルの頭を、隣の席を死守したヴィンセントが引き寄せ、自身の肩に凭れ掛からせる。
向かいの座席からエイベルのなにか言いたげな視線が飛んで来るが、気が付かないふりを貫いた。
彼女といると肩の力が抜けて、まるで家族と過ごす時の様に自然体でいられる。
会える時間が待ち遠しくて柄にもなくソワソワするし、離れていても気付けばいつも彼女の事を考えてしまう。
この気持ちの正体がなんなのか、ずっと恋愛を避けて生きてきたヴィンセントでも、流石にもう理解していた。
シェリルを、好きになったのだと。
いや、違う。
多分初めからずっと、好きだったのだ。
「お前、意外と余裕ないのな」
呆れた顔でそう言われ、ヴィンセントは微かに眉根を寄せた。
「そんなもん、ある訳ないだろ」
三人で街を散策していた時。
無意識の内にヴィンセントは、すれ違う領民の男性達の視線からシェリルを隠す様に、さりげなく立ち位置を変えながら歩いていたらしい。
そんな独占欲の塊みたいな行動を、よりによってエイベルに目撃されてしまい、ニヤニヤとした嫌な笑みを向けられた。
こういうのは、得てして一番気付かれたくない相手にだけ気付かれてしまう物である。
当のシェリルは、前から来る人とぶつからない様にという気遣いだとでも勘違いしたのか、『紳士ですね』なんて見当違いな褒め言葉をくれた。
それを聞いたエイベルはゲラゲラと爆笑していた。
個人的な思い入れを除いても、シェリルは可愛いと思う。
地味だと言われているのは、アイリーンと比べて派手さがないと言うだけの話で、いわゆる好みの問題というヤツだろう。
だから当然、シェリルに視線を奪われる男もいる訳で……。
特に今日みたいに、楽しそうな笑みを惜しげもなく振り撒いていれば余計に。
だがヴィンセントは、可能な限りシェリルを他の男の視線に晒したくない。
自分でも心が狭いと思うし、子供じみているとも思うが、嫌な物は嫌なのだ。
しかも、シェリルはある特定の容姿の男が視界に入ると、僅かに体を強張らせるのだ。
その容姿とは、赤みがかった金髪。そして、細身の高身長。どれもヘンリー・ベンサムの特徴と一致する。
これまで一緒に街へ出る機会に恵まれなかったから、ヴィンセントも今日初めて気が付いた。
瞬きしていたら見逃してしまうくらいの、ほんの一瞬の反応。
もしかしたら、条件反射みたいな物で、本人でさえも気付いていないのかもしれない。
それに気付いてしまってからは、意識的に他の男とシェリルの間に立つ様になった。
男達の視線を遮る為に。
そして、シェリルの視線も遮る為に。
元婚約者に未練があるとは思えないが、ヘンリーがシェリルの心の片隅にいつまでも棲みついているのは非常に腹立たしい。
たとえ好意ではなく、嫌悪やトラウマという形だとしても。
「んん……」
嫌な事を思い出してしまい眉間の皺が深くなった瞬間、ヴィンセントの肩を枕にしていたシェリルが微かな声を漏らしながら身じろぎをした。
スゥスゥと小さな寝息を立てて、気持ち良さそうに眠っている顔を横目でチラリと窺えば、先程までの不快感が一瞬で消え去り、思わず頬が緩んでしまう。
「おいおい、だらしない顔をするなよ」
「シェリルが可愛いのが悪い」
「なんだよ、それ」
苦笑いのエイベルからシェリルへと視線を戻し、少し乱れていた前髪を指先で整えてやる。
ふと頭に浮かんだ疑問が、自然に口から零れた。
「……ヘンリー・ベンサムは、シェリルのどこが気に入らなかったのかね」
すると、今度はエイベルの方が眉間に深い皺を刻む。
「さあな。あの男はウチのクソ親父と似た思想の持ち主だったからな。
そもそも女性が仕事を持つ事に批判的だった」
「それじゃあ、シェリルの魅力には気付かなかっただろうね」
シェリルの魅力はその執務能力だけじゃない。
中でもヴィンセントが一番好きなのは領地経営の話をしている時のシェリルの顔だった。
心の底から楽しそうで生き生きとしていて、聖母の様に慈愛に満ちている。
ヴィンセントの目には、そんな彼女がなんだかキラキラして見えた。
兄妹なだけあって、好きな事を話し始めると止まらない所は、妹自慢をしている時のエイベルにちょっとだけ似ている。
そう思うと、普段は嫌味っぽくて小憎たらしいエイベルの事でさえも若干可愛く感じてしまうのだから、自分でもかなり重症だなと思う。
長く婚約者の座に居座っていた癖に、そんなシェリルの表情を、おそらく一度も見た事がないであろうヘンリー・ベンサム。
勿体無い男だなと思う。
ほんの少しだけ、可哀想だとも。
ただ、今更シェリルの魅力を奴に教えてやる必要はない。
奴がどんなに泣いて後悔しても、彼女を返してやるつもりなんて更々ないのだから。




