23 認めてくれる人
翌日は、ヴィンス様が「領地を案内して欲しい」と仰ったので、お兄様もお誘いして出掛けようとしたのだが───。
「なぜ、エイベルが一緒なの?」
「シェリルが誘ってくれたから」
今日は、お兄様が上機嫌でヴィンス様はちょっと苦い顔。昨日とは正反対である。
「私よりもお兄様の方が領地にはお詳しいので、お誘いした方が視察が捗ると思ったのですが……」
「視察? いや、デートのつもりだったんだけど?」
「でーと、ですか?」
聞き慣れない単語に、一瞬首を傾げてしまう。
デート。恋人同士がおてて繋いでキャッキャウフフするヤツか?
その発想はなかった。考えてみれば、仮にも婚約者候補なのだからデートくらいするのが普通なのかもしれないが、なにせ最初の婚約者がアレだったから……。
「それは……、すみません」
「良いよ、今日の所はエイベルが一緒でも。ハッキリ言わなかった僕が悪いし」
私の謝罪をあっさりと受け入れてくれたヴィンス様に、お兄様はウンウンと頷く。
「そうそう。ハッキリ言わないヴィンセントが悪い」
「いや、お前、絶対分かっててついて来ただろ?」
「なんの事だか」
ポンポンと言いたい事を言い合うお兄様とヴィンス様。憎まれ口を叩いていても、なんだかちょっと楽しそうに見える。
「ふふっ。お二人は仲が良いのですね」
思わず零れた私の言葉に、二人は同時に不服そうな視線を向けた。
「「どこら辺が??」」
ほら、息もぴったり。
取り敢えず、今日の所はお兄様も含めた三人で領地を巡る事になって、馬車に乗り込んだ。
製糸業を主な産業としているハサウェイ伯爵領。目的地へ向かう道中にも、あちこちに桑畑が広がっている。
大人の背丈よりも少し高いくらいの桑の木に、青々とした葉が茂っている長閑な景色を眺めながら、ヴィンス様は感慨深げに呟いた。
「これが根刈りの効果か」
「あれっ? ヴィンス様に根刈りのお話しましたっけ?」
不思議に思ってそう聞くと、ヴィンス様は珍しく言葉を濁す。
「あーー、いや、どうかな。エイベルに聞いたんだったかな?」
「?」
お兄様がヴィンス様の肩に腕を回し、グイッと引き寄せて、何かコソコソと話し始めた。
「お前、やっぱり見たんだな?」
「スマン。あの時は、あれが最善だと思ったんだよ」
そんな二人の会話は私の耳には届かなかったが、お兄様が胡乱な眼差しをヴィンス様に向けていたのがやけに印象的だった。
やがて、領都の中心にある大きな公園の前で馬車が停まった。
降りようとした私の目の前に、左右から手が差し出される。勿論、その手の主は、先に馬車を降りたお兄様とヴィンス様である。
「シェリル、手を」
「いや、僕の手を」
「あ……、ありがとうございます」
どちらを選んでも角が立ちそうだったので、両方の手を取った。
男性が二人の場合でも、『両手に花』って言うんだったかしら? なんて、どうでも良い事が頭をよぎった。
街に降り立ったヴィンス様は、物珍しそうにキョロキョロと辺りを見回している。
「思った以上に賑わってるんだな。
それに……、街がとても綺麗だ。路上生活者も見当たらない」
領地を褒められたお兄様は、得意げに笑いながらヴィンス様の肩をバシバシと叩く。
「そうなんだよ!
新しい事業を色々と始めたから、これまで職にあぶれていた者達も雇用出来る様になった。
大人は勿論、孤児院の子供達もマルベリーの収穫や、蜂蜜の濾過作業などを手伝う事で収入を得ている。
そもそもマルベリージャムや養蜂は、シェリルが貧困対策として始めた事業なんだ。
どうだ! 俺の妹、最高だろ?」
「お兄様、ちょっと黙って!」
妹自慢が始まると急に饒舌になるの、本当にやめて欲しい。
「ああ。本当に、最高だ」
「ヴィンス様まで、やめてください。
それに……、完全に路上生活者がいなくなった訳ではないのです。
領都付近にはほとんどいませんが、郊外の方にはまだ貧民街も残っていますし……」
雇用創生だけでは貧困問題は解決しない。怪我や病気などで動けない人もいるし、働く意欲さえ失ってしまった人もいる。
少数だが、真面目に働くよりも、犯罪で稼いだ方が楽だと思ってしまう人も───。
全ての人に働く喜びを知って欲しいと思うのは、私のエゴなのかもしれないけど。
「それでも、君の考えた政策で確実に救われた人がいる。それは誇るべき成果だと思うよ」
そう言って私の肩を撫でた手は、大きくて温かくて。
不覚にもほんの少しだけ、泣きそうになった。




