22 幸せか、不幸せか
ヴィンス様は私達と一緒にハサウェイ伯爵領へ向かいたかったらしいが、残念ながらお仕事の関係でそれは叶わなかった。
そもそも、王太子殿下の側近が二人も同時に休んで大丈夫なのかしら? と、ちょっと心配したのだが、側近の方は他にもいらっしゃるので大丈夫との事。
寧ろ王太子殿下自ら『たまにはゆっくり休め』と仰ってくださったらしい。
お兄様達、いつもこき使われているのだろうと思ってたけど、誤解だったかも。
結局、ヴィンス様がカントリーハウスに到着なさったのは、私達から遅れる事五日目の昼過ぎだった。
「…………本当に来たんだな」
「ご招待いただいたんだから、そりゃあ来るだろ。今日から世話になるよ」
苦虫を噛み潰したようなお兄様と、とても嬉しそうなヴィンス様。対照的な表情だ。
「ハサウェイ伯爵領へようこそ。
長旅でお疲れになったでしょう? お部屋でお休みになられますか?」
愛想と礼儀をタウンハウスに忘れて来たらしいお兄様に代わって、私が歓迎の挨拶をすると眩しい笑みがこちらへ向けられた。
つい先日、自分が彼に好意を持ち始めているのだと気付いてしまったせいか、目が合った瞬間に鼓動が早くなり頬が熱を持ち始める。
そんな私を見て、ヴィンス様は軽く目を見張ってから、笑みを深めた。
(動揺してるって気付かれた?)
羞恥心に耐えられず視線を下げた私の頭に、大きな手がポンと乗せられる。
「うん。良い傾向」
呟きの意味が良く分からなくて顔を上げると、先程までよりも更に機嫌が良さそうなヴィンス様の優しい瞳と視線が絡まった。
「僕の婚約者殿は愛らしいな」
「……えっ?」
いや、分かってる。
こんなの婚約者候補への社交辞令だって。
本気じゃないって知ってる。勘違いなんかしていない。
でも、益々顔が熱くなるのを止められなくて、両手で顔を覆った。
「婚約者候補な?」
眉根を寄せながら、そう訂正するお兄様。
「シェリルさえ良ければ、一緒にお茶でも飲まない?
せっかく久し振りに可愛い婚約者殿に会えたんだから、早々に客室に篭ってしまうのは勿体無いじゃないか」
「だから、まだ候補な?」
繰り返されるお兄様のツッコミを、ヴィンス様は完全に無視している。
なので私も無視する事にした。
「調子の良い事を言って、ニコラのお茶が飲みたいだけでは?」
「まあ、それもないとは言えないよねぇ」
おどけて肩を竦めたヴィンス様のお陰で、ちょっとだけいつもの調子を取り戻した私は、フットマンに指示を出してヴィンス様の荷物を客室に運ばせた。
ヴィンス様を案内しながら応接室へ。扉の前までついて来たお兄様は、当然、同席するつもりなのだろうと思っていたけど、どうやら違ったらしい。
「ヴィンセント、手ぇ出したら殺すからな! 扉は開けておけよ」
そう釘を刺すとヒラヒラと手を振って去って行った。まだ仕事が残っていたのかもしれない。
遠ざかる背中が少し淋しそうに見えたのは、気のせいなのかしら?
「こちらへどうぞ」
ヴィンス様に奥の二人掛けソファーを勧めて、私は向かい側へ移動しようとしたら、手首を掴まれ引き止められた。
「待って。
今日はコッチに座って」
そう言って、ヴィンス様は隣の座面に私を誘導する。
「でも……」
「だって、もう一週間以上も会ってなかったから。
大丈夫。このくらいなら、エイベルにも怒られないよ」
「それは、そうかもしれませんが……」
結局、押しの強さに抗いきれず、隣に腰を下ろした。愛称呼びの件といい、今回といい、いつも私が折れてる気がする。
悔しいけど、勝てる気がしない。
ヴィンス様に褒められたり、優しくされたり、まるで恋人同士みたいに甘い時間を過ごすのは、正直言って、私も嬉しいのだ。
でも、同時にほんの少しだけ、虚しい気持ちにもなる。
ヘンリー様といた頃は、『将来結婚する予定の相手を好きになれたらどんなに幸せだろう』とか思っていたけど、片思いの場合は案外そうでもないかもしれない。
『一緒にいられるだけで幸せ』なんて言っていられるのは最初だけで、きっとその内に相手の心を欲するようになってしまう。
正式な婚約締結の前に、彼を解放してあげる計画は───、今となっては正直、実行出来る気がしない。
だけど、もしも彼がそれを望んだら?
彼には、ヘンリー様の悪意から私を守ろうとしてくれた恩がある。
恩は返すべきだし、彼の望み通りに別れてあげるべきだと思うけど。
独りぼっちになった自分を想像しただけで、胸を掻きむしりたくなる様な強い焦燥感が湧いてくる。
愛されなくてもそばにいたい。
でも、疎まれた状態で隣に立ち続けるのは、きっと耐えられない。
結局、自分の気持ちばかりだ。
好きな人の幸せを心から願える自分でいたいのに───。
そんな考えが、グルグルと繰り返し頭を巡り続けた。




