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地味だからと婚約破棄宣言した彼は、なぜか投げ飛ばされました。  作者: miniko


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21 人を愚かにする物

 夏が訪れた頃、忙しかったお兄様のお仕事が一段落したらしく、漸く私とも顔を合わせる時間が出来た。


 この国では議会が開かれる春と、収穫祭で盛り上がる秋が社交シーズンとされており、夏と冬には領地に戻る貴族が多い。


 お兄様も少し長い休暇が取れたらしく、この機会に領地の状況を確認しに行くつもりだと言う。

 普段は指示だけ出して現場に任せているし、今の所どうしても現地に行かなければならない様な大きな問題は起こっていないが、定期的な確認は必要だ。

 領民達も、古いやり方に固執しているお父様よりも、お兄様の方を慕ってくれているから、顔を見せればきっと喜んでくれるだろう。


 学園ももうすぐ夏季休暇に入る。

 試験さえ突破すれば多めに休みを取っても問題ないので、私もお兄様と一緒に領地へ帰る事にした。



 出発まで一週間というタイミングで、ヴィンス様から手紙が届いた。


『夏季休暇中は領地で過ごすとエイベルから聞いたんだけど、僕も遊びに行って良いかな?』


 田舎の領地だし特に珍しい物とかはない。

 将来ヴィンス様が継がれる予定のグレンフェル伯爵領は、うちの領地から近いらしいので、それは分かっていらっしゃると思うのだが……。


 とにかく、私の一存ではお返事が出来ない。

 その日はお父様が外出していたので、昼食後のお茶の席でお兄様にヴィンス様からのお申し出について相談したのだが、若干苦い顔をされてしまった。


「なにか問題がある様でしたら、お断りのお手紙を書きますけど」


 私がそう言うと、お兄様は小さく溜息をついた。


「いや、そう言う訳では……」


 口篭ったお兄様を見て、お母様がクスクスと笑う。


「大人気ないわね。

 気にしなくて良いのよ、シェリル。妹を取られそうで、ちょっと拗ねてるだけなのだから」


「やめてください、母上」


「取られるだなんて……、ヴィンス様はきっと他領を視察なさりたいだけですわ」


 グレンフェル伯爵領とハサウェイ伯爵領は、近いだけあって、気候も似ていると聞くから、なにか参考になる部分があるのかもしれない。

 あちらは林檎の生産が盛んだから、ジャム作りを検討しているのかも。

 あぁ、でもマルベリーは収穫時期を過ぎちゃったから、ジャム工場はもう稼働してないのよね……。


 そんな事を考えていたら、いつの間にかお兄様もお母様も呆れた様な眼差しをこちらへ向けていた。


「なんか、少しだけヴィンセントが可哀想になってきた」


「奇遇ね。私もよ」


 なんとなく失礼な事を言われた様な気がするが、私がそれを問いただすよりも早く、お母様がポンと手を叩いた。


「とにかく、私はヴィンセント様をご招待するのには賛成よ。

 彼が滞在している間は、あの人は領地に近寄らないでしょうから、シェリルものんびりと休暇を過ごせるでしょう?」


 お母様の言う『あの人』とは、お父様の事である。

 どうやらお父様はヴィンス様に苦手意識があるみたいなので、ヴィンス様がいらっしゃるなら一緒に帰省するとは言わないだろう。


「確かにそれは良いですね。

 じゃあシェリル、了承の返事を出しておいてくれ」


 お手紙は書きますけどね。

 公爵令息を魔除けみたいに使うのは、ちょっとどうかと思いますよ?


「アイリーンも来たがるかしら? 誘ってみましょうか?」


 例年はお父様も領地に戻る可能性があるのでアイリーンは遊びに来ないのだけど、お父様がいないと分かっているならば行きたがるかもしれない。

 まだ正式にはヴィンス様にアイリーンを紹介していないし、良い機会なんじゃないかと安易に考えたのだが───。


 自分でそれを口に出した瞬間、二人が並んで笑い合っている絵をリアルに想像してしまい、なぜか胸の奥がザワザワした。


「うーん。

 来たがるかもしれないけど、王太子妃殿下が夏季休暇中にアイリーンを呼び出すと仰っていたし、難しいかもしれないな」


「……そう、ですか」


 お兄様の言葉に、ホッとしてしまった自分がなんだかとても醜く思えて、少しだけ俯いた。





 私室に戻り、ソファーに深く沈み込むと、自然と重い溜息が零れ落ちた。


 さっき感じた、ザラッとした苦くて黒い、あの感情。

 あれは、多分、嫉妬だ。


 当たり前だが、アイリーンは無闇に男性を誘惑する様な悪女なんかじゃない。

 ましてや、私の婚約者候補ともなれば、誤解をされない様に慎重な言動を心掛けてくれるだろう。

 思い込みが激しいヘンリー様は、勝手に誤解してたみたいだけど。


 私にとってアイリーンは、可愛くて優しくて大好きな従妹だ。

 彼女を大切に思う気持ちに嘘はない。


 それなのに、心のどこかで怖いと思ってしまう。



 それはきっと、私がヴィンス様に惹かれ始めているからだ。



 恋愛感情って、もっと温かくて、フワフワして、甘い、素敵な物だと思ってたのに……。


 恋は人を愚かにするって、本当なのね。


(あ、もしかしたら、ヘンリー様も恋をしたから……?)


 一瞬だけそんな考えが頭をよぎったが、ブンブンと大きく首を横に振る。


 いや、違う。

 あの人は、アイリーンに出会う前から愚かだったわ。



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