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地味だからと婚約破棄宣言した彼は、なぜか投げ飛ばされました。  作者: miniko


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20 とある令息の焦燥

 ヘンリーの悪友であるデリック・モーガンは、あの茶会の日、騒動に巻き込まれたくなくて、人垣の後ろの方で目立たぬ様にヘンリーの醜態を眺めていた。


 ヘンリーと親しくしていたのは、何かの恩恵に預かれるかもしれないという打算的な理由からで、奴が侯爵家の人間でなければ、多分言葉を交わす事すらなかっただろう。


 デリックは、元々ヘンリーの事が嫌いだったのだ。


 婚約者であるシェリルの愚痴を延々と聞かされるのにもうんざりしていた。

 確かにシェリルは少し地味かもしれないが、ハサウェイ伯爵家の嫡男は王太子の側近で、最近は領地の経営も順調だと聞く。

 政略的にはかなり条件の良い相手だと思う。


 一方のデリックは、モーガン伯爵家の嫡男として生まれた。

 伯爵家の嫡男というのは割と恵まれた出自だと思っていたのだが、数年前に状況は一変。領地に大型の台風が上陸したせいでモーガン伯爵家は借金を背負ってしまった。

 それにより、デリックの婚約は解消され、新たな婚約者もなかなか見付からないまま、現在に至る。


 そんなデリックから見れば、地味というだけで婚約者に不満を抱くヘンリーなど、贅沢以外の何物でもない。

 機嫌を損ねない様に笑って話を聞いてやるのも、段々と限界になったデリックは、ヘンリーに対する小さな嫌がらせを思い付いた。


 その日もヘンリーのくだらない愚痴を聞かされていたデリックは、ついにその思い付きを実行に移した。


「そう言えば、シェリル嬢の従妹は凄い美少女だよね。確か、アイリーン嬢とか言ったっけ?

 彼女の方が、ヘンリーには似合っているんじゃないかな?」


「やっぱり、そう思うか?」


「ああ、勿論さ。

 彼女の方もヘンリーみたいな良い男が相手なら、満更じゃないんじゃないか?」


「実は、俺もそう思っていたんだ。

 アイリーン嬢は俺に対しては好意的だし、もしかしたら両思いかもしれない」


 ウンウンと頷きながら、デリックは内心ほくそ笑んだ。

 デリックは以前、王都の街中でシェリルとアイリーンが一緒に買い物をしているのを見掛けた事がある。

 シェリルと腕を組んで、とても嬉しそうに歩いていたアイリーンを見れば、従姉の婚約者に懸想をするなんてあり得ないと分かっていた。

 分かっていて、敢えて誘導した。

 ヘンリーがアイリーンを口説いたりして、少し揉めれば面白いくらいに思っていた。


 だが、デリックが言葉の奥に潜ませた毒は、思った以上の効果を発揮した。

 結果、あんな事件が起こってしまったのだ。


 とは言え、デリックのした事なんてヘンリーに『アイリーンの方が似合う』と()()()()を言っただけ。

 それをヘンリーが勝手に真に受けただけで、デリックが罪に問われる事なんてないだろう。


 そう高を括っていたのだ。



 事件後、ヘンリーとは意識的に距離を置いた。

 ヘンリーはいつも通り学園に来ていたが、どうやら父侯爵から後継の選定をやり直すと言われたらしく、かなり荒れていた。

 今となっては、彼と一緒にいるメリットは何もない。

 デリックだけでなく多くの人間が、ヘンリーに近寄らなくなっていた。



 そんなある日の事。

 登校して教室へ入ったデリックは、微かな違和感を覚えた。


(生徒の人数が、少ない?)


 何か伝染病でも流行り始めたのだろうか?

 そう思って心配になり、隣の席の学友に声を掛けた。


「なぁ、最近学園を休んでる奴、多くないか?」


 隣の席の奴は男の癖にゴシップ好きで、他家の事情にやけに詳しいから、なにか情報を得られるだろうと踏んでいたのだが。


「あー、なんかグリフィス子爵家は脱税が発覚して金作に忙しいらしいから、学園に通う余裕もないんじゃないか?

 それから、メリガン伯爵家の次男は、素行不良が親にバレて追い出されたそうだ。

 それと───、」


 出るわ出るわ。

 休んでいる奴等の醜聞が、次から次へと語られる。

 それが全て男子生徒ばかりなのは少し気になったが、深くは考えていなかった。


(伝染病でないのなら、良かった)


 この時点でデリックは、呑気にそんな事を考えていたのだ。




 次の異変は、自邸で起こった。


 食卓に、黒くて固いパンが並んだのだ。

 これまでは借金はあっても、最低限貴族らしい食事は出来ていたのに。


「良い小麦が手に入らないのよ。

 どうしてか分からないけど、いつもの商会が急に取り引きをやめたいって言い出して……」


 そんな母の嘆きを聞いて、漸く少しだけ嫌な予感がし始めた。

 確かフレッカー子爵領は、国内随一の豊かな穀蔵地帯だったと思い出したから。




 更に数日後、その予感は決定的な物となる。


 とある貴族家の茶会から帰った姉は、怒りに顔を歪めていた。


「ちょっとデリック!

 貴方、ヘンリー・ベンサムと親しかったって本当なのっっ!?」


「え、あ……、いや、親しかったって言うか……」


「お茶会でフレッカー子爵夫人に言われたのよっ!

『弟君は、ベンサム侯爵家のご嫡男ととても親しいそうですね。あちらの家も、今色々と大変みたいですが……。親友でしたら助けて差し上げるのかしら?』ってね!!

 お陰で全員から嘲笑を向けられたわよっ!」


 姉の口からフレッカー子爵夫人の名が出て、『ああ、やっぱり』と思った。


 これはアイリーンの復讐だ。

 どうやって情報を仕入れたのかは分からないが、デリックがヘンリーを唆した事が知られてしまったのだろう。

 そう言われてみれば、学園を休んでる令息達の中の数人は、シェリルの悪評を積極的に流していた奴等だった気がする。

 おそらく、他の奴等も……。


 正直、あの程度の事で? と、思わなくもないが、脱税を摘発されたり、家を追い出されるのに比べたらデリックへの報復は、まだ軽い方なのかもしれない。


 ただ、きっと今後も美味い小麦は手に入らないだろう。

 それに、名誉が失墜したヘンリー・ベンサムの親友として、社交界で白い目で見られるのかと思うと───。


 デリックは、自身の浅はかな発言を大いに悔やんだ。



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