19 それが心に響いたから
自身の父に扱き下ろされているシェリルを哀れに思う者は多いが、親族達は皆、庇えば庇う程に伯父の発言が酷くなるのを知っているので、気まずそうに距離を取る事しか出来ずにいた。
「いい加減になさいませ」
堪りかねたアイリーンの母が声を上げたが、やはり伯父は悪びれる様子すらない。
「私は亡き母の意を汲んで、美しくて女性としての価値が高いお前達母娘を大切にしているだけだ。なんの問題がある?」
以前から伯父は同じ主張を繰り返しているのだが、母に聞いた話によれば事実とは異なるらしい。
正確に言うと、今際の際に祖母が伯父に言い残した言葉は、『可愛い妹を守ってあげて』だったそうだ。
勿論、『妹は容姿が可愛いのだから、守りなさい』ではなく、『妹なのだから、可愛がって守ってあげなさい』という意味である。
二つは似ている様で全然違う。
その話を聞いた時、アイリーンは自分が生まれる前に亡くなった祖母が伯父みたいな考えの人間でなかった事に安堵を覚えたと同時に、伯父の事が益々嫌いになった。
今も、母は「アレはそんな意味じゃないって何度言えば分かるのですか!!」と窘めているが、伯父は全く聞く耳を持たない。
なぜ伯父がそんな歪んだ解釈をしたのかと言えば、やはり元々女性蔑視の傾向が強かったせいだろう。
伯父は祖母の言葉を聞くよりもずっと前から、『貴族女性は政略の駒としての価値しかない』即ち、『美しければ美しいほど価値が高い』と考えていたのだ。
反吐が出る。
結局、伯父は「酔っているから、もう下がった方が良い」とアイリーンの母やエイベルに説得されて、半ば無理矢理邸の中へと押し込まれた。
漸く平穏が訪れた庭園を見回すが、シェリルの姿が見当たらない。
(今は、私には会いたくないかもしれないけど……)
少し迷ったが、アイリーンは会場に背を向けて、シェリルを探しに向かった。
ガーデンパーティーが行われていた庭園の真裏に位置する小さな庭に、シェリルの姿はあった。
ガゼボのベンチに座り、何かを堪える様に目を閉じて深く息を吐き出している。
平気そうな顔をしていても、傷付いていないとは限らない。
それは理解しているつもりだったけど、実際にその表情を目の当たりにしたら、思った以上に胸が痛んだ。
近寄って声を掛けたいのに、足が重くて動かない。
どう声を掛ければ良いのかも分からないのだ。
謝るのは、違う気がする。
それはアイリーンの心を軽くするだけで、きっとシェリルの慰めにはならない。
実は、アイリーンは以前それで失敗した事があった。
『なんで謝るの? 嫌味?
生まれつきほんの少し顔が良いだけの癖に、調子に乗らないで』
友人だと思っていた令嬢にそう吐き捨てられた苦い記憶が脳裏を掠め、益々足が動かなくなる。
ドレスのスカートをギュッと握り締めながら俯いていると、いつの間にかシェリルがアイリーンの存在に気付いたらしい。
「アイリーン?」
名を呼ばれてゆっくりと顔を上げると、困った様に眉を下げたシェリルがこちらを見ていた。
「お、お従姉様……」
シェリルは微かな笑みを浮かべながら、座る位置を横へずらし、開いた隣の座面をポンポンと軽く叩いた。
「ほら、こっちへいらっしゃい」
「……」
無言のままノロノロと近寄り、隣に腰を下ろす。
細く温かな手が、アイリーンの頭を撫でた。
「困った子ね、そんな泣きそうな顔をして。
貴女が気にする必要なんてないのよ。あれはお父様と私の問題なのだから」
「……怒って、ないのですか?」
おずおずと問い掛ければ、心底不思議そうに首を傾げられた。
「どうして?
私を心配して探しに来てくれた可愛い従妹を、怒る理由なんて何もないわ」
アイリーンの頬にポロポロと涙が伝う。
シェリルの言葉は、とても正しい。
色んな人に褒められるのも、不当に優遇されるのも、決してアイリーンが望んだ事ではなく、寧ろ迷惑しているし、誰にも責められる謂れなんてない。
だが、人間には感情があって、正しい事がいつでも無条件に受け入れられるとは限らないのだ。
アイリーンはこれまでの経験から、それを嫌と言う程に理解していた。
だから、ただ事実を述べただけのシェリルの言葉に、彼女は救われた様な気持ちになった。
シェリルはアイリーンが泣き止むまで、ずっと頭を撫でてくれた。
(本当は、お従姉様の方が泣きたいはずなのに……)
それ以来、アイリーンはシェリル第一主義となった。
シェリルの敵は、アイリーンの敵である。
敵は徹底的に潰す主義だ。
決して逃してやるつもりはない。
絶対に。一人も。




